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「君はチョコレートみたいに」3

 三十分後、インターホンが鳴った。ドアスコープで確認すると、指で前髪をつまみ、目を泳がせる悠里が立っていた。そわそわと落ち着かない様子で、しきりに左右に重心移動をしている。  ――かわいい!!!  じゃなかった。僕は自分の太ももをつねった。真顔、平静。悠里は僕のこんな姿を知らない。悠里が思う「角巻健人」を演じ切りたい。  顔の筋肉に力を入れ、ドアノブをひねった。 「いらっしゃい」  悠里はパッと顔を輝かせるが、すぐに僕から目をそらし、頬をかいた。 「部屋の掃除してくれたってことは、上がっていいってことだよね?」  歯切れが悪い。僕は首をひねった。悠里が家に来たいと言ったんじゃないか。 「もちろんそのつもりでしたが、何か問題ありましたか?」 「ううん! 嬉しい。でも俺、玄関先で良かったから、気を遣わせちゃったかなあって、思っ、て……」  みるみる赤くなる悠里を見て、僕は目を見開いた。  玄関先で別れるという発想は初めからなかった。それに、家に入るだけでこの反応。悠里は僕に「何か」を期待しているのだろうか。いや、それはあまりにも都合よく考えすぎか。  あさっての方向を見ている悠里の手には、手のひら二つ分くらいの小さな紙袋が握られていた。ピンクと黒のストライプ。ガーリーな袋だ。これを悠里が持ってきたと思うと、それだけで頬が緩みそうになる。 「大丈夫ですよ。少し掃除機をかけたくらいですから」  変なところに力を入れているせいで顔がゆがみそうだった。表情の変化を悠里に見られる前に、きびすを返して部屋の中に入る。 「どうぞ」 「お邪魔します」  悠里の声が背中に当たった。 「今からお茶を入れますが、コーヒーと紅茶どちらがいいですか?」  電気ケトルに水を入れながら尋ねる。 「先生はどっち飲むの?」  いつの間にか、悠里が「先生」呼びに戻っていた。再会した日はあんなに名前を呼んでくれたのに。少し寂しくなり、そっけなく答えた。 「僕はいつもコーヒーです」 「じゃあ、俺もそれ」 「分かりました。お砂糖とミルクは?」 「……いらない」  奇妙な間が気になったが、マグカップを二つ取り出し、それぞれにドリップバッグをセットした。 「ソファーに座って待っていてください。すぐに持っていきますから」  悠里が近づいてくる気配がしたので、顔を上げずに言うと、悠里は「分かった」と僕の後ろをすり抜けていった。 「わー、すげーきれい!」  部屋の中を見た悠里の反応が嬉しくて、くすりと笑ってしまった。 ※ 「お待たせしました」  マグカップを両手に部屋に入ると、悠里はソファーの隅にちょこんと座っていた。緊張してくれているのか、体がかちこちに固まっている。紙袋はテーブルの上に乗っていた。 「どうぞ」  悠里の前にブラックコーヒーを置いた。その隣にミルクを入れた薄茶色のコーヒーを並べると、悠里が僕に目で何かを訴えかけてきた。「言いたいことがあるなら言ってごらん」という気持ちを込めて微笑んでみせるが、悠里は無言で目の前のマグカップを手に取った。恐る恐るといった感じで、口に近づけ、カップを傾ける。  その顔がぎゅっとしかめられた。明らかにコーヒーの苦みに慣れていないように見えた。  ――僕に見栄を張ろうとしてくれたのか。かわいいが過ぎる。かわいいの大行進。この世に悠里よりもかわいい人なんていないんじゃないか。  ふふ。笑い声が漏れてしまって、悠里ににらまれた。 「笑うなよ!」 「本当は何も入れないと飲めないんでしょう?」 「そんなことないもん!」 「バレバレですよ?」  悠里のお尻を指さすと、悠里もつられてそちらを見た。 「何?」 「僕にだけ見える、君の『しっぽ』です」 「もー! からかわないでよ!」  怒っている顔もかわいらしかった。 「君が飲んでる方が美味しそうなので、交換してください」  僕は悠里の手からマグカップを奪い取って、自分で飲もうと思っていた方のカップを握らせた。 「えっ? 何?」 「牛乳が入っています。お砂糖もいりますか?」 「うん……」  悔しそうに目を伏せる悠里が愛おしくて、もっとからかってやりたくなった。悠里の視線に合わせてしゃがみ込み、先ほど悠里が口をつけたところからブラックコーヒーを飲む。間接キスを見せつける。もちろん、わざとだ。 「お子ちゃまの君には、ブラックはまだ早かったようですね」 「そんなに年変わんないじゃん!」  悠里が赤い顔で怒っていた。くすくす笑いながら、僕はキッチンスペースにシュガースティックを取りに戻った。

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