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(旅行前)呼称を変えるタイミング 2

※  付き合いはじめてからキスまで、そしてセックスまでの理想の期間というものがあるらしい、と聞いたことがある。知識として入れておこうとインターネットで調べてみたが、見事に人によってバラバラで、何を信じたらいいか分からなかった。思わず舌打ちしてしまう。  悠里が思う「セックスまでの理想の期間」はどのくらいなのだろう。四週間では短いだろうか。そもそも悠里は僕とのセックスを望んでいないかもしれない。最近そればかり考えている。  僕は第二次性徴期の男子か。心の奥に鍵をかけ、しまったはずの思いが、あふれてとまらない。  僕はもともと、そこまで性欲がない方だ。でも、悠里と僕のアパートでキスしてから、ムラムラがおさまらなかった。悠里に出会う前は、男性との恋愛など考えたことはなかったし、同性とセックスしたいと思ったこともない。でも、悠里は「特別」だった。他の人と何が違うのか分からないけれど、悠里だけは僕の性欲を刺激してきた。唇も、首も、指も、服の下に隠された部分も、全てに触れたい。僕の手で悠里が乱れるところが見たい。  変化に自分でも戸惑う。処理しようにも、セクシー女優のビデオは浮気になるような気がするし、かと言って男性同士が絡み合うビデオを見るのも違う気がした。  自分を慰めるように下に伸ばしかけた手を止め、僕は大きくため息をついた。 「だめだ。冷静になれ」  ――むしろ抜いた方が冷静になれるのか?  いやいやいや。  前に、強烈な欲望に負けて、悠里を想像してやってしまったことが一度だけあった。終わった後、自分の中に眠る衝動に恐怖した。その時の絶望感ったらなかった。あれはもう味わいたくない。  首をぶんぶんと振り、僕はスマートフォンを手に取った。かわいい動物の動画を見て一旦落ち着こうと思った。 ※ 「どうしてこうなった」  気づけば「購入完了しました」という画面が現れていて、我に返った。購入履歴には、ローションとコンドーム。指用というものもあったので、それも買った。動画サイトを見ていたはずなのに、いつの間にか広告からショッピングサイトに飛び、アダルトな方に迷い込み、流れで商品を購入していた。 「何やってんだろう……」  自分では抑えきれない性欲が頭の中をピンクに染め上げて、正常な判断ができなくなっていた。唇を噛みしめた。  ――やはり一回抜いた方がよかったかもしれない。  激しい自己嫌悪に陥る。  でも、と思う。悠里の気持ちを優先したいのに、悠里をぐちゃぐちゃに犯す妄想ばかりしてしまう。  そんな状態で自慰などしてしまえば、悠里と泊まりがけの旅行なんて絶対にできない。どんな顔をして悠里と向き合えばいいのか分からなくなってしまう。現実逃避をするようにショッピングサイトのタブを閉じて、ベッドに寝転んだ。無理矢理にでも寝てしまおうと思った。 ※  旅行前日、僕は、暴れ出しそうになるモンスターをなだめすかしながら、爪を短く切り、やすりで研いでいた。「万が一のことがあるかも」と言い訳をしつつ、男性同士の性行為について調べ、ボストンバッグにコンドームとローションを忍ばせる。  悠里が望んでいなければ徒労に終わるのに、僕は何を期待しているんだろうな、と思う。  笑い混じりのため息がこぼれた。  荷造りを終えると、なるべく頭の中を空っぽにして、作業的な自慰をする。二日間も悠里と行動を共にするのだから、一度リセットしたほうがいいと思ったからだ。  射精した時は、気持ち良さよりも脱力感が強かった。  ――頑張れ、僕の理性。  性欲モンスターと化してしまった「僕」を箱に閉じ込め、心の中の深く深くへ押しやって、鍵をかけるイメージをした。鎖でぐるぐる巻きにして、いくつも南京錠をつける。  ――悠里に嫌われたくない。  頭の中で、南京錠の鍵を全て海に投げ捨てた。

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