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(新幹線)期待値の高さ 1
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今日は朝九時半にA県の大きな駅で落ち合うことになっていた。悠里は実家のある隣県から電車で向かってくるから、八時前に向こうを出たようだ。駅の写真と共に、「今から行くよ」と連絡が来ていた。
九時に駅に到着した僕は、待合室で時間をつぶすことにした。ベンチに座り、荷物を隣の席に置く。スマートフォンを取り出して、「気をつけて来てください」と一時間以上遅れて悠里に返信した。
言葉を選んでいるうちに時間ばかり経ってしまい、結局は当たり障りのない返信しかできない、といういつものパターンだった。ため息が出る。悠里を思うがゆえの行動が、余計悠里を傷つけてしまっているような気がする。人付き合いは苦手だ、と改めて思った。大切な人相手なら、なおさら。
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「先生、おはよ」
待合室に現れた悠里は、とても身軽だった。
右手にはスマートフォンを握りしめ、耳には無線のイヤフォン。その他の荷物はリュックのみ。
悠里が高校生の時から使っているリュックだ。オープンキャンパスで会った時も背負っていた。
「おはようございます。荷物はそれだけですか?」
「うん。先生は大荷物だね」
悠里がそう言いながら、スマートフォンとイヤフォンをリュックにしまった。悠里の言葉につられ、隣に目を向ける。パンパンに膨らんだボストンバッグと、大学に行く時に使っている、パソコンが入るくらい大きなショルダーバッグ。
鞄の大きさが、この旅行にかける期待値の高さの違いのように思われて、ちょっぴり切なくなる。
「心配症なので」
ごまかすように微笑んでから立ち上がった。
「行きましょうか」
一歩踏み出そうとすると、悠里も同じ場所に足を伸ばしかけていた。接触しそうになり、慌てて身を引く。
見られている気配がする。悠里と視線がぶつかった。悠里は寂しそうに笑って、僕から目をそらした。
――あ、泣きそうな顔。
また、傷つけてしまった。こんなに好きなのに。もう泣かせるのは嫌なのに。いつも僕は。
――ごめんなさい、悠里。僕が臆病で、性欲をコントロールできないようなだめな人間だから、君を傷つけてばかりだ。
悠里のリュックを見ながら思う。ずっしりと重いボストンバッグが、肩に食い込んだ。
※
「新幹線乗るの、高二の時の修学旅行ぶりだから、テンション上がる!」
新幹線のホームに二人で並んで立つと、悠里の目がきらきらと輝いた。かわいい。僕との旅行をそんなに楽しみにしてくれているのだと思うと、すごく愛おしくなる。
「よかったら窓際の席に座ってください」
「いいの?」
輝く瞳が僕に向けられて、まぶしさに当てられそうになった。
「いいですよ」
――窓の外の景色を見て、子供みたいにはしゃぐ悠里を眺めてみたいので。
そこまで言えるわけがない。微笑むのが精一杯だ。それでも悠里は、僕の顔を見て幸せそうに笑ってくれるから、満たされた気分になる。すごくすごく優しくて、まっすぐで、僕にはもったいないくらいの恋人だ。
「楽しみですね」
心の中の声にならない気持ちを全て乗せて、悠里に伝える。悠里は目を細めて、首が取れるんじゃないかって思うくらい何度も頷いた。
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