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(新幹線)期待値の高さ 2
新幹線に乗り込み、ボストンバッグを上の荷物棚に置いた僕は、悠里の左側、通路側の席に腰を下ろした。荷物がリュックしかない悠里は、自分の足元に置くと言ったから、既に座って、窓の外を眺めていた。
悠里を見るために右側を向くのは、なんだかしっくりこない。ほんの少しの居心地の悪さを感じる。でも理由までは思い当たらない。もどかしい。
まだ動いていない車内で、悠里が窓の方を向いたまま呟いた。
「ねえ、座席交換しない?」
「どうしてですか? ホームの風景だけで満足したんですか?」
「いや……。家庭教師の時、いつも俺が左側だったから、なんか落ち着かなくて」
悠里が僕を横目で見て、少し恥ずかしそうに俯いた。
「なるほど、そのせいだったんですね。僕も違和感がありました。いいですよ」
通路に人がいないことを確認して、座席を交換した。すとん、と窓際の席に腰を下ろすと、悠里の視線を感じる。にやりと笑われた。
「これで、景色も先生も同時に見れる! 一石二鳥!」
「……君はまたそうやって、僕を翻弄する」
新幹線が動き始めた。悠里の目は、僕から動かない。一瞬で表情が変わった。精悍 な顔つき――「男」の顔で、悠里が言う。
「だって、好きだから」
悠里の視線が鋭く突き刺さって、悠里から目が離せなくなった。
「もっと、俺に夢中になってほしい」
「何を言って――っ!」
悠里が僕の太ももに触れた。ぴくっと僕の体が震えた。悠里は、緊張しているように、少しこわばった顔で真正面を向いた。
手は動かされているわけではなく、ただ置かれているだけなのに、触れられている部分からじんわりと熱が伝わってきて、体の中心部までほてりそうになる。
――そんなことされなくても、僕は既に悠里のことしか考えられなくなっているのに。
「あの」
戸惑いの目を隣に向けると、悠里は顔を動かさずに囁いた。
「大丈夫。誰も見てないよ」
そういう問題ではない。むずむずするのだ。悠里の熱が、僕の理性を溶かしてしまいそうになる。だめだ。手ではなく、悠里の顔に集中する。
髪の毛が耳の上に少しかかっている。伸びたな、と思う。前髪の奥に見える眉はまっすぐに整えられており、奥二重のまぶたから、まつ毛がくるんと上向きに生えていた。少し赤みを帯びた頬も、わずかに開いている口も、とても色っぽい。そんなことを考えて、最近まともに悠里の顔を見ていなかったことに気がついた。
「何? そんなに見られると、恥ずかしい」
悠里がはにかんで、ようやく手が離れた。空気がゆるんだ。よかった、いつもの悠里だ。僕は反射的に、悠里に触れられていた部分に自分の手を置いた。悠里の体温を自分の体温で上書きする。
――すごく、ドキドキした。あんな悠里、初めて見た。
悠里に聞こえていないか不安になるくらい、心臓の音が体中に響いていた。
それを知ってか知らずか、悠里がのんびりした口調で言う。
「今日、着いたらすぐ遊園地に行く?」
「駅で昼食をとり、一度ホテルに寄って荷物を預けるのがベストかな、とは思っていましたけど。どこか行きたいところがありますか?」
「ううん、それでいいよ。母さんのお土産、いつ買おうかなあと思っただけ。今日駅まで送ってもらったからさ」
母さんと聞いて、悠里がなんと言って家を出てきたのか気になった。一泊二日だし、さすがに何も言わずに出かけることはできないだろう。
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