119 / 135
(新幹線)期待値の高さ 3
「そういえば、今回の旅行のこと、正直に言ったんですか?」
「どういうこと? 先生と二人で遊園地に行って、泊まるんだって言ったよ」
悠里は涼しい顔をしている。
「田丸さんは何か言ってました?」
「『健人くんによろしくー』だって」
「そうですか……」
「えっ? なんかマズかった?」
悠里が首を傾げた。
「いえ。君が気にしないなら別に」
「その言い方、気になる」
――もしこれが女の子との旅行だったら、悠里は二人で宿泊するなんて、素直に母親に伝えただろうか。
なんとも言えない、もやもやとした気持ちが胸の中に広がって、僕は手元に視線を落とした。短く切りそろえた爪が、この旅行に期待しすぎている証のように見えてきて、自嘲の笑みがこぼれた。そんな僕に気づいていない様子で、悠里が能天気な声を上げる。
「まあいいや。お菓子食べる?」
悠里が自分の膝の上にリュックをのせて、カップ状の容器を取り出した。棒状のスナック菓子だった。ふたを半分だけ開けて、中身をこちらに向けてくる。
「じゃあ一ついただきます」
答えると、悠里が僕の口に一本近づけてきた。ためらいながら、口で迎えにいくと、少し遠ざけられる。食べようとする。また離れる。
「え?」
顔を上げれば、悠里がにやにや笑いながらこちらを見ていた。
――僕をからかおうというのか。百年早い。
かちり。何かのスイッチが入った。
お菓子を持った悠里の手を両手でつかみ、棒状の菓子を下から舐め上げた。悠里の目から視線を離さず、舌を見せつけるようにして、何度も何度も繰り返す。
悠里の笑顔がこわばった。目を見開いて、みるみる真っ赤になっていき、やがて顔を背けた。
勝った。そう思った僕は、お菓子を歯でくわえて、悠里の手を解放した。咀嚼しながら、外に顔を向ける。
窓に映った自分と目が合った。そこには口をつり上げて意地悪く笑う顔が映っていて、激しい後悔に襲われた。
――やってしまった。鍵をかけてモンスターを閉じ込めたはずじゃないか。あの決意はどうした。
ため息が出る。
窓越しに車内の様子をうかがう。お菓子の容器が簡易テーブルに置いてある。悠里はというと、リュックを抱きしめるようにして、体ごと通路側を向いていた。その姿に胸が締めつけられた。
――悠里にセクハラをしてしまった。しかも、新幹線の中という、公共の場所で!
健全なデート。今回の目的は手をつなぐこと。悠里が望まない限り、それ以上のことは絶対にしない。頭の中で何度も反芻して、自分自身に刻み込む。気を抜いたら、何かとんでもないことをやらかしそうで恐ろしかった。
ともだちにシェアしよう!