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(新幹線)期待値の高さ 4
*
――えっっっろ。
健人さんから顔を背けたが、動悸と股間の疼きはしばらくおさまりそうもなかった。ぎゅうっとリュックを抱え込む。
多分、健人さんは俺をからかっているだけで、誘惑しているつもりはないのだろうけど、どきどきが止まらない。ここが新幹線の中ではなく、二人きりの密室だったら、このあとどんな展開が待ち構えていたのだろう。少しだけ期待してしまう。
たまたま膝の上にリュックがあって良かった、と心の底からそう思った。
長く細く口から息を吐き出して、俺は目を閉じた。
俺が健人さんを旅行に誘ったのは、付き合う前と後でほとんど変わらない関係性に、焦 れてしまったからだ。一緒に食事をしたり、健人さんのアパートに遊びに行ったりはしているものの、いわゆる「デート」というものは今回が初めてだった。非日常の中に飛び込めば、嫌でも何かが変わるのではないか、と思ったのだ。
俺が一番気になるのは、お互いの呼び方だ。長いこと「先生」「君」と呼び合っていたせいで、その癖がなかなか抜けない。俺が「先生」と呼びかけるたび、健人さんが目に悲しみを浮かべることには気づいている。でも俺は、最近やっと心の中で「健人さん」と呼べるようになったばかりで、面と向かって言う勇気はまだなかった。
それに、俺だって「君」って呼ばれるたびに、「やっぱり健人さんの中では、『生徒』の時の俺と同じなのかな」って少しへこむんだ。
だから、健人さんが俺を「悠里」って呼んでくれるまで、もしくは、素直に「健人さんって呼んでほしい」とおねだりしてくれるまではこのままでいようと思っている。一生この呼び方だったらどうしようって、不安になることもあるけど、その時はその時でまた考えよう……。
気持ちが落ち着いてきたので、座席にまっすぐ座りなおした。目を開けると、簡易テーブルに乗せたままだったお菓子のパッケージが視界に入る。いやらしく舐めていた健人さんの顔を思い出してしまい、あっという間に身体中が熱を持ち始めた。慌ててリュックの奥底にしまい込んだ。大好物なのに、しばらく食べられそうもなかった。
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