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(遊園地)好きな人の前では 2
列に並び、係員の指示に従ってジェットコースターに乗り込む。俺たちの席は、コースターの真ん中あたりだった。健人さんは俺の右側で真正面を見つめている。「ジェットコースターに乗ろう」と俺が言ってから、健人さんの口数が少なくなった。よく見ると顔が真っ白だ。体調が悪いのだろうか。
「大丈夫?」
声をかけると、「大丈夫です」と固い声が返ってきた。「降りようか?」と提案しかけたが、係員が出発の号令をかけている。もう降りられない。コースターが動き出した。その瞬間、健人さんの左手が俺の右手をぎゅっとつかんだ。
――健人さんから俺に触れてくるなんて、どうしたんだろう。
驚いて横を見ると、健人さんは正面を向いたまま口を動かした。
「何も言わずにこのままでいてください」
「分かった」
小声で応じて、進行方向に目を向けるが、健人さんのことが気になって、ジェットコースターを楽しむどころではなかった。高度が上がるにつれて、健人さんの手の力が強くなる。
コースのてっぺんにたどり着いた時、がこん、とコースターが停止した。同乗するみんなが嬉しさ混じりの悲鳴を上げる中、健人さんが静かに息を飲んだ。右側に視線を向けると、唇をワナワナと震わせ、眉間にしわができるくらい両目を強くつぶっている。
「驚かないで聞いてほしいのですが」
掠れた声で健人さんが言う。
「僕は高所恐怖症です」
「はっ!?」
俺が声を発した瞬間に落下した。スピードが増していく。健人さんは安全バーと俺の手をこれでもかというくらい握りしめていた。骨が折れるかもしれないと心配になるくらいの強い力だ。痛いと叫び出したかったが、多分健人さんの方がつらいのだろうから、ぐっとこらえる。
キャーという嬉しそうな周りの声が聞こえるぶん、より一層、健人さんが不憫に思われる。俺の頭は、ジェットコースターの浮遊感よりも、健人さんのことでいっぱいだった。
「お疲れ様でしたー」
スタート地点に戻り、安全バーが解除される。
「着いたよ」
結局、てっぺんからずっと目をつぶったままだった健人さんに声をかける。健人さんが俺を見て、力なく頷いた。ようやく俺の右手が解放された。立ち上がってコースターから降りようとすると、俺のTシャツの裾がくいっと引っ張られた。
「ごめ、立てな……」
健人さんが今にも泣きそうな顔で、俺を見上げていた。腰が抜けて動けないみたいだ。言葉を最後まで発することもできないなんて、よっぽど怖かったのだろう。でも、次の人たちが待っているし、早く降りなければ迷惑をかけてしまう。
「もう少しだけ頑張って」
先に降りた俺が健人さんの両腕をぐいっと引き上げ、なんとかコースターから脱出することができた。健人さんの腰に手を回し、肩を貸して歩いた。ジェットコースター出口のすぐそばに、ベンチを見つける。
「ここで休もう。俺の膝枕で寝ていいよ」
健人さんが黙って頷く。俺が二人分の荷物を足元に置き、端に座ると、健人さんは仰向けに寝転んだ。健人さんが右手で眼鏡を外し、両目を覆うように左腕を目に当てた。ずしりとした重さを太ももに感じる。健人さんの脚はベンチからはみ出してしまっているけれど、立ったり座ったりしているよりはマシだと思う。
健人さんの右手から眼鏡を引き抜いた。健人さんが言う。
「ケースが鞄の中にあります」
そこにしまってほしいということだろう、と思い、健人さんに尋ねる。
「鞄、見ていいの?」
「はい」
足元のショルダーバッグをのぞき込むと、物は多いものの、ポーチや仕切りできっちり分けられており、眼鏡ケースはすぐに見つかった。なんでも適当に放り込んでしまう俺のリュックとは大違いだ。
眼鏡ケースを鞄に入れ直してから、健人さんのさらさらした髪の毛に触れる。頭をなでると、健人さんが体をこわばらせた。出来るだけ優しい声色になるように気をつけながら、言葉を発した。
「高所恐怖症だって、なんで先に言ってくれないの? 知ってたら乗らなかったのに」
「だって、好きな人の前ではかっこつけたいじゃないですか……」
弱々しいその声に、きゅんと胸が締めつけられた。年上の人、しかも男性相手にこんな感情を抱くのはおかしいかもしれないけれど、守ってあげたいと思ったのだ。
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