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(遊園地)好きな人の前では 5
*
メリーゴーラウンドに乗ったり、ソフトクリームを食べたりしている間に、日が落ちてきた。お土産を買い、園内のレストランで食事を済ませた。レストランの中で水を飲みながら、スマートフォンで夜のイベントについて調べていると、SNSで面白い情報を見つける。
「三十分後、ジェットコースターの向こう側から花火が上がるらしいよ」
俺が遊園地の公式アカウントの写真を見せると、健人さんがショルダーバッグに手をかけた。
「せっかくだから一緒に見ましょう」
俺は頷いて、立ち上がった。
花火が見えそうな場所は、全部カップルや家族連れでにぎわっており、入り込めそうになかった。ジェットコースターの正面のベンチは、手を絡ませ合ったカップルがイチャイチャするのに使っている。
俺はその人たちから目を背けて、ため息をついた。
「やっぱり三十分前じゃ遅かったかー」
「どこもあいてませんね……」
健人さんもがっかりしているみたいだ。
――少し残念だけど、まあしょうがない。
「あ。あいてる。あっち行こ」
俺は、ジェットコースターに背を向ける形で置いてある遠くのベンチを指差した。
「え、でも。あそこじゃ、花火見えませんよ?」
健人さんが困惑した声を出した。
「いいからいいから」
俺が歩き出すと、健人さんが後ろからついてくる気配がした。みんなとは逆らうように進んでいるのがなんだか気持ち良くて、風を切ってずんずん歩いた。
「本当にいいんですか?」
俺が先んじてベンチに座ると、健人さんが眉を八の字にして俺を見下ろしていた。
「いいんだよ」
ぽんぽん、と右隣を手で叩けば、健人さんがためらいがちに腰を下ろした。
「予想通り、何も見えませんね。木が生い茂ってる」
「花火はいつでも見られるし。それに、俺は先生と一緒にいられるなら、どこでもいいから」
「ありがとうございます。すごく、嬉しいです」
ベンチに置いていた手の上に、健人さんの手が重なった。隣を見れば、幸せそうに微笑んだ恋人の顔が見える。
どちらからともなく目をつぶってキスをした。その瞬間、花火が打ち上がる大きな音がした。遠くから歓声が聞こえる。俺たちの周りには誰もいない。世界が二人きりになったような錯覚に陥る。音が、光が、俺たちを世界から切り離してくれる気がした。唇が触れるだけのキス。角度を変えて、何度も求め合った。頭がふわふわしてきて、とても幸せになる。
唇が離れる。目を開ける。健人さんがとろけたように笑っていた。俺も顔の筋肉がゆるみきって機能を果たさなくなった。
重なっていた健人さんの手が動いた。指が俺の手のひらの下に侵入してくる。くすぐったい。どきどきする。
「好きです」
健人さんが、俺の肩に頭を預けてくる。健人さんの髪の毛が、俺の首筋をかすめた。ぞくり。快感にも似た感覚が背中を駆け抜けていく。
「俺も、大好き」
健人さんの頭に軽くぶつけるように、俺も頭を傾けた。
花火が打ち上がる。夜空に開いた花は見えないけれど、周りがパッと明るくなる。
「今年の夏、二人で花火大会に行きたい」
独り言のつもりだったのに、健人さんが笑った。
「ぜひ行きましょう。せっかくだから浴衣も着ますか?」
「あはは。いいね。俺、先生に似合うやつ選んであげる」
「僕も、君の魅力を引き立てるような浴衣を選んでみせますよ」
花火を背に、俺たちは二人きりの世界を満喫していた。
幸せだ。今日何度思ったか分からない。俺たちは異性愛者なのに、お互い惹かれ合って、奇跡的にカップルになれた。幸せすぎて怖いくらいだった。
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