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(ホテル)名前を呼んで 1

※  ホテルにチェックインして、もらったカードキーで鍵を開ける。入ってすぐ左側に扉があった。おそらくここがバスルームだろう。奥に進んでいくと、正面にカーテンのかかった窓がある。二つのベッドは右手側にあった。壁側に枕が置いてある。左側にはテレビと電気ケトルなどが乗った小さなテーブル、足元に冷蔵庫。その手前に背もたれつきの椅子が二脚。こぢんまりとした部屋だった。  二人の荷物は、とりあえず全て椅子の上に置いた。 「俺、窓際がいいー」  悠里が靴を脱いで、部屋の奥側のベッドにダイブした。うつ伏せで両腕を伸ばし、足をパタパタと上下に動かす。 「ふー。ずっと歩きっぱなしだったから、横になれて気持ちいい」  悠里の言葉が全く頭に入ってこない。そんなことよりも、僕の目は悠里のお尻に釘付けだった。  普段意識していない部位が、目の前にさらされている。バスケをしていたからなのか、きゅっと引き締まったお尻。  生唾を飲み込んだ。  ――触りたい。少しだけでいい。悠里に訝しがられたら、マッサージしてあげるとでも言えばいい。 「先生」  悠里の声が聞こえて、我に返った。  無意識のうちに伸びていた右手の存在に気づき、慌てて引っ込める。  ――いったい僕は今、何を考えてた? 「はい。なんですか?」  笑顔を取り繕う。性欲に乗っ取られそうになった自分も、こんなふうに瞬時に切り替えられる自分も、どちらも恐ろしい。  悠里がベッドの上であぐらをかいて、僕を見上げた。 「あれ? まだ立ちっぱなしだったの?」 「ああ、はい。座ります」  手前のベッドに腰を下ろして、悠里の方に体を向けた。はしたないことを考えていた自分を思い出して、目を合わせることができない。 「結構遊んだから、疲れたよね」  俯く僕を見て、悠里は気を遣ってくれたようだ。本当に優しい。だからなおさら、(よこしま)な気持ちを抱いていることが申し訳なくなる。 「疲れたけど楽しかったですよ」  顔を上げれば、悠里が満面の笑みを浮かべていた。 「明日どこ行く?」 「今日は結構動き回りましたし、明日は、もう少しゆっくりできるようなところに行きたいです」  夜も運動するかもしれませんし。頭の中で続けてしまった言葉を振り払うように、立ち上がってショルダーバッグに近づいた。めぼしい場所を調べるためにスマートフォンを取りに行った、というていを装って。 「うーん。映画館とか?」  悠里が首を傾げる。 「わざわざここまで来て?」 「都会でしかやってないやつ、あるじゃん。ああいうの探して観ようよ」 「ああ、それも面白そうですね。調べてみましょうか」  僕は、スマートフォンを操作することで、雑念を追い出そうとした。悠里が無防備にベッドの上でゴロゴロするから、結構な苦行だった。 ※  観る映画を決めたら、お互い黙ってスマートフォンと向き合う時間になってしまったので、悠里に声をかける。 「お風呂、お先にどうぞ」 「ああ、先生からどうぞ。俺、多分風呂長いし」  悠里はスマートフォンから目を離さずに言う。何やら真剣な顔つきだ。目の前の僕よりも大事なものがあるのかもしれない。少し悲しくなるが、表情にあらわれないように気をつけた。 「分かりました。ではお言葉に甘えて」  シャワーを浴びながら、今日のことを思い返していた。  ――手をつないできたのも、キスしてきたのも悠里からだし、ハグは付き合う前からしているから、問題ないことにしよう。「悠里が望む以上のことはしない」という目標は達成できたのではないか?  お疲れ様、僕。無意識のうちに深いため息が漏れた。  ――それにしても、手をつないだだけで、あんなに嬉しそうな顔をされたら、もう何もできないじゃないか。  悠里に握られた手を、指同士を絡ませるようにつなぎなおしたら、悠里はすごく喜んでくれた。花火の音をBGMに唇を重ねたら、それだけで充分だと言うかのように、笑った。  悠里は遊園地でのデートで満足しているはずだ。だから今夜は、僕から行動を起こさない限り、これ以上の進展はないだろうと思う。だが、僕は自分から悠里に手を出すことを禁じている。つまり、今日はただ寝るだけだ。愛しい恋人と同室で。  何もせずに、無事に朝を迎えられるだろうか。耐えられるだろうか。今夜は眠れる気がしなかった。  睡眠導入剤代わりに酒を買って飲んでしまおうかと思ったが、それはそれで理性が吹っ飛んでしまいそうでためらう。  なんとか耐えてくれ。悠里に触れた時の熱を思い出すだけで勃ちそうになっているのを、見なかったことにして、体をタオルで拭いて、家から持ってきた下着とスウェットを身につけた。

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