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白昼夢 5

僕が潤くんと稽古場に戻ると 梨花と話している翔さんの姿が扉のガラス越しに目に入った。 それを見て訳も分からず切なくなって俯いてしまった僕を 潤くんがエスコートする様に稽古場へ連れて行ってくれる。 稽古場に入ろうとした時 翔さんが僕の横を通り過ぎたけど・・・ 僕はどうして良いのか分かんなくて ただ、翔さんを見つめるしか出来なかった。 そんな僕の顔を潤くんがジッと見ていた。 その視線に僕の身体と思考は硬直する。 潤くんが次に何の言葉をかけてくるか分かっていたから・・・ 「南・・・」 「ん?」 「去年と同じで良いか・・・?」 「う・・ん・・・・」 僕は・・・はっきりと返事が出来ない。 そこへ梨花がやって来た。 「潤ちゃん、再演も南が相手役になるんだって?」 「おまえ、情報早いって!」 潤くんが梨花に言う。 流石、梨花・・・潤くんとも屈託なく話してる。 「また、やるの?潤ちゃん・・・?」 「うるさいって!」 「あ!でも、その前に南は僕達と薫さんの退団公演があるもんね。  南、大変だね・・・公演が終わったら直ぐ稽古に入るの?」 「うん、多分そうなるかな・・・・」 「梨花、あっち行けって!」 「はいはい、南の事になるとこうなんだから・・・  そんなんじゃ、南に嫌われるよ、ね・・・南?」 「・・・?・・・」 「ほら、もう潤ちゃん、嫌われてる・・・」 「はあ?!・・・いい加減、稽古に戻れって!  次、お前のシーンじゃないのか?」 「はいはい・・・ごめんね、南、潤ちゃんと仲良く喋っちゃって・・・」 「?」 「お前なぁ!!」 「殴られる前に逃げよ~っと!」 そう言って梨花は笑いながら稽古に戻って行く。 僕はもう何も話せなくなってしまって ただ進んで行く稽古をぼんやりと眺めていた。 ふと気が付くと隣にいた筈の潤くんがいなくなっていた。 それからの翔さんは稽古場でも舞台でも 必要最低限の言葉しか僕とは交わさず 同じシーンで台詞を交わす以外 ずっと僕は翔さんに避けられ続けた。 ・・・その度に胸が痛くて・・・ 千秋楽を迎えた日、涙が止まらなかった。 薫さんが退団し、僕が翔さんの相手役なのに・・・ 心が通わないままが公演が終わってしまうなんて・・・・ もう僕は・・・ どうして良いのか本当に分からなくなってしまっていた。 打ち上げの飲み会でも翔さんは梨花や薫さん達とずっと話していて 僕が挨拶に行ってもそっけない返事しか返って来ない。 「あの・・・翔さん、お疲れ様でした・・・・」 「ああ・・潤との舞台、頑張れよ・・・・」 「はい。あの・・・」 「悪い、今こいつらと話してるから・・・」 「は・・い・・・じゃ、これで・・・・」 「ああ、悪いな・・・」 僕がその場から離れて行こうとすると 後ろで梨花が翔さんに何か話しているみたいだった。 そんな翔さんに僕はまるで 『お前とは形だけの相手役なんだよ』 と言われている様な気がして・・・ 僕は辛くなってその場にいられなくなった。 「あの・・すみません、  これからどうしても外せない用事がありまして・・・・」 「え?」 「お先に、失礼してもよろしいですか・・・?」 「南、どうした?何かあった?」 「いえ、本当に用事なんです・・・・」 「そうか・・・」 そう上級生に声をかけ僕は先に打ち上げから抜け出した。 僕の顔を見て何か感じ取ったのか 誰もそれ以上は何も聞いてこなかった。 アルコールの香りと賑やかな空間から抜け出すと外は・・・ 小雨が降り出していた。 冷たい雨粒が僕の髪を濡らす。 そして涙も僕の頬を濡らしていた。 『帰ろ・・・・』 そう呟いた時、後ろから大きな腕で抱きしめられた。 「誰?」 「俺だ」 「潤・・く・・ん?」 「南・・・」 千秋楽を観に来てくれていた潤くん。 楽屋にも顔を出してくれて そのまま一緒に打ち上げも参加してくれてた。 もしかして僕の辛そうな顔を見て心配してくれた? 潤くんは何か言いだそうとした僕を自分の方に向かせた。 僕の視線と潤くんの視線が重なる。 そして・・・ 潤くんの唇が僕の唇と重なって直ぐに離れたけど 「好き・・なんだ・・・・・」 「え?」 「南が・・好きなんだ・・・・」 「・・・・」 そう言われても何も言葉が返せなくて 雨の中、僕は潤くんの腕の中で泣いた。 ・・・誰を想ってか分からないまま・・・ 潤くんはそんな僕をずっと抱きしめていてくれてた。 「潤くん・・苦し・・い・・・」 「南が泣き止むまで放さない・・・・」 「じゅ・・ん・・・」 「俺、南が泣いてるのを見たくない。  だから・・・」 「・・ありが・・と・・・」 「もう、大丈夫なのか?」 「う・・ん・・・・」 「本当に?」 「うん・・・・」 「もう・・翔さんを・・・」 「何で?今、翔さんの名前が出てくるの・・・?」 「南・・・」 「ん?」 「翔さんの事・・・」 「?」 「いや、良いんだ・・今のは忘れて・・・」 「変な、潤くん・・・・」 「そっか?」 「うん」 僕は潤くんに笑って見せる。 「僕はもう大丈夫だから・・・腕、放して・・・・」 「ああ・・・」 「じゃ、また、稽古場で・・・・」 「送っていかなくても大丈夫か?」 「うん」 僕は潤くんに手を振って別れた。 それ以上、潤くんも追ってこなかった。 この時、僕はまだ・・・ 潤くんの僕に対する想いを軽くしか受け止めていなかった。 そして僕の翔さんへの想いもまだ自分では良く分かってなかったんだ。 僕は何故、翔さんが僕を避けるのか 潤くんが何故、あの時・・・ 翔さんの名を口にしたのか分からないまま・・・ 潤くんとの公演の稽古がいよいよ始まった。 「おはようございます」 ・・・返事がない・・・ 稽古場にはまだ誰も来ていないみたい。 僕は軽くストレッチをしながらぼんやりと稽古場の鏡に映る自分を見ていた。 「おはよ・・・」 潤くんだった。 「おはよう・・・」 「南、これからよろしくな!」 「うん、僕の方こそよろしく・・・」 「荷物持って来たか?」 「う・・ん・・・とりあえずこれだけ・・・」 そう言って僕は用意してきたバックを潤くんに見せた。 前回は演出家から 『お互いの事をもっと知り合えば良いんじゃないか?』と勧めもあり 僕の部屋が稽古場から遠いせいもあって 潤くんの部屋に稽古期間中と公演中は居候させてもらったんだけど 今回は潤くんから言われて・・・・ 「じゃ、稽古終わったら一緒に・・・・」 「うん・・・」 潤くんが僕の腕を掴む。 「南・・・」 「・・・?・・・」 「今からは俺だけを見ろ!」 そう言って突然唇を奪われた・・・ 「ちょ・・と・・・潤くん・・・」 「放さない・・・・」 「誰か・・きた・・ら・・・」 「役作りの為だって言えば良いさ・・・」 「で・・も・・・」 もう一度、潤くんの唇が僕の唇に重なった時 翔さんの姿が稽古場の鏡に映った。

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