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白昼夢 8

「もう・・・やめて・・・」 聞き取りにくい声で南が呟く。 南は自分抜きで話を進めている俺達に怒っている様だった。 確かに、俺達は南の気持ちなど考えてなかった。 手を差しのべる暇も無く南は稽古場から出て行ってしまう。 ・・・南・・・ 胸の奥深くが疼く。 潤が南を追おうとしたので俺はその腕を掴み 「今はそっとしといてやれよ!  自分の想いだけ押し付けても・・・」 「あなたにそんな事言われるなんて!」 「何だ?」 「翔さんが南の想いを受け止めてさえいればこんな事にはならなかった。  だいたい、今日だってどうして此処に来たんです?  こんなまわりくどい事をする位なら、何故、あの日・・・  俺があなたに忠告した日に南をつかまえておかなかったんだよ!」 「・・・・・」 「本当は分かっていたはずだ・・・  南はあなたが好きで、あなたも南を・・・」 「もういい!」 俺は潤の言葉を止めた。 「それを決めるのは南自身だ!  俺達が決める事じゃないだろ?  それに・・・俺は南から何も言われてないんだぞ!」 「だから?  俺は南が好きだ・・・あなたよりもずっと・・・」 「で?どうする気だ?  無理やり抱くのか?」 「そうですね、そうできればね!」 「潤!!」 稽古場に人が集まってきた為これ以上、話は続けられなかった。 「今日はここまで」 演出家の声で稽古が終わったのは零時を回っていた。 俺も梨花も結局、心がこの場に留まってしまい 最後まで稽古場を離れられずに 出演者でもないのに残って互いに何かを言葉を交わすでもなく ただ、ぼんやりと稽古を見ていた。 「翔さん・・・潤ちゃんが・・・!」 潤が南の腕を掴み出て行く所だった。 「どうして?止めてくれないの!!」 梨花の懇願する様な声にも俺は足が一歩も動かず 泣き出した梨花を抱きしめる事しか出来なかった。 「翔さん・・・」 「・・・」 「追わなくていいの?」 「・・・」 「翔さん!」 俺には梨花の言葉が何処かで流れるメロディーの様に聞こえていた。 皆が稽古場から帰るのを見届けながら 梨花が落ち着くのを待って二人で帰路につく。 「翔・・さ・・ん」 「ん?」 梨花の瞳にはまた涙が溢れていた。 「俺、潤ちゃんの事を忘れるなんて出来ない・・・  出来ない・・・よ・・・」 俺の胸に梨花の言葉が突き刺さった。 俺は何してんだ・・・? こんなところで・・・ 「梨花、潤の部屋へ連れてってくれ!」 俺の言葉に何かを感じ取ったのか梨花は頷くと 潤の部屋まで俺を案内してくれた。 マンションの前にタクシーを止め 俺達は潤の部屋へ急いだ。 チャイムを何度も鳴らすが出てこない。 「僕、カギ持ってるから開けるね・・・」 「悪い、頼む」 梨花が震える手でカギをまわす。 「行くぞ、何があっても取り乱すなよ?」 「うん」 ドアを開けると俺達を待ち構えるように潤が立っていた。 「南は?」 「寝てます」 「入らせてもらうぞ!」 俺は潤の横を通り過ぎるとベッドのある部屋に足を踏み入れた。 そこには躯を丸め震えている南がいた。 シーツに南のものと思われる赤い血が・・・ ここで何が行われていたのかを示すものだった。 「南・・・」 「・・・翔、さ・・ん・・・・」 「南、迎えに来たぞ!」 南をいたわるように優しく俺は囁く。 「迎え・・・に?」 「ああ、迎えに来た。  さ、帰るぞ!」 「行けな・・い・・・」 「どうして?」 「見ないで!  もう僕は翔さんに・・・今までみたいに見てもらえない」 「そんなことない・・・さ、行こう・・・・・」 俺は正直・・・ ここで拒まれたら生きて行けないとさえ思っていたから 南の腕が俺の首に回された瞬間、心底安堵する。 「ごめん・・な・・さい・・・」 「何、謝ってんだ?」 俺は南を抱きしめる。 ・・・もっと早くこうすべきだった・・・ 「立てるか?」 「はい・・・」 俺は南を立たせると洋服を着せた。 それを何も言わず ただジッと見ている潤に俺は諭す様に言葉をかける。 「潤・・・無理強いからは何も生まれない」 「南・・・傍にいるって・・・・・」 「・・ごめ・・ん・・潤くん、ごめん・・・・」 出て行こうとする俺達の後姿を見て潤は玄関の壁を拳で打ちつけた。 「やめろよ!  ね・・もうやめてってば・・・」 「梨花・・・」 「もういいでしょ?  潤ちゃん・・・もう・・・終わったんだよ」 玄関のドアノブに手をかけ俺は梨花に 「梨花、ありがと。  お前の言葉がなかったら勇気が出なかった」 「ううん・・・後は僕が・・・・」 ドアが閉まり、梨花の言葉は最後まで聞き取れなかった。 南の部屋までタクシーを走らせる。 隣でずっと震えている南を俺は部屋に付くと直ぐに風呂に入れた。 体中の赤い印が俺を責めている様で辛かった。 「翔さん、消えない・・・」 消せる筈ないのに・・・ 南は潤が付けた印を洗い流そうと 肌が赤くなるまでゴシゴシとタオルで洗っている。 「南・・・」 俺は南の手首を掴み、それを止めさせた。 「大丈夫だから・・・3・4日で消えてなくなってしまうから」 「でも・・・」 「俺がそう言ってんだ、信じないのか?」 南が首を振る。 その姿があまりにも切なくて・・・ 自分の馬鹿さ加減にも呆れて涙が出て来た。 「翔さん、泣いてる・・の?  俺のせい・・・?」 「違う・・違うから・・・  あんまり長く入ってると疲れるぞ?」 「は・・・い・・・」 浴槽から立った南をバスタオルで包むと抱き上げた。 俺に全て預けるように首に腕を巻きつけてくる南と視線が合う。 「翔さ・・ん・・・」 「ん?どした?」 「来てくれると思わなかった・・・」 「・・・南が帰る時、嬉しそうな顔をしてなかっただろ?」 「・・あ・・・」 「俺には助けてって言ってるように見えた。  誰でもなく俺に!」 「え?」 ベッドに南を寝かせ体を拭いてやると南は泣き出した。 「どうした、潤の事か?」 「明日からどうしたら・・・」 「南、あいつなら大丈夫だ!  あいつだって役者だ。  私生活を引きずらないだろ?  それに梨花がついてる・・・・」 「そうだ・・・ね・・・」 傷ついてしまった今の南を俺は抱きしめてやる事しか出来ない。 潤の言っていた言葉・・・ 『あなたが、南の想いを受け止めていれば・・・』 ・・・そうかもしれない・・・ もし・・・ いや・・・よそう。 ・・・今更考えても過去は変えられない・・・ 「翔さん、喉が・・・水が欲しい・・・」 「分かった、待ってろ」 冷蔵庫からミネラルウォーターを出しコップに注ぐ。 「ゆっくり飲めよ」 「ん・・・」 「ほら、こぼして・・・」 俺は自分の口に水を含むと南の唇に少しずつ流し込んだ。 真っ赤になっている南の顔が可愛かった。 「もう大丈夫だな?  俺は帰るから・・・  明日、早く迎え来てやるから・・・」 「え?嫌だ・・・翔さん・・・帰らないで」 「み・・なみ・・・?」 「帰らないで・・・お願い。  僕を・・・一人にしない・・・で・・・」 南はベッドからおり、全裸のまま俺に抱 きついてきた。 「お願い、僕を抱 いて・・・」 「南?」 「気持ち悪い・・・?  潤くんに抱かれた僕なんて・・・」 「そんなことない!」 「だったら・・・お願い・・・  僕は・・・僕は翔さんが・・・好きなんだ」 「・・・その言葉を・・・待ってた・・・・」 「え?」 「俺の片思いかと思ってた」 「じゃ、翔さんも・・・?」 それ以上、南から言わせたくなくて 俺は南を抱きしめ艶やかな唇を塞いだ。 潤に傷つけられたそこには触 れることなく 愛しさを込め、俺は南を快楽へと導いた。 翌日、稽古場に早めに南を連れて入ると 潤がストレッチをしていた。 南が潤の傍に行く・・・ 「潤くん、昨日は・・・」 「どうした?そんな顔をして・・・」 「潤くん・・・?」 潤は吹っ切れた様な顔をして俺を見る。 「おい潤、南が気にしてるんだ話ぐらい聞いてやってくれないか?」 「・・・俺を誰だと思ってるんです?  南、俺も役者だ!  最後まできっちり舞台は終わらせるから、安心しろって!」 そう言って笑ってみせる潤は男の俺が見てもカッコ良かった。

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