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第6話 ターゲットの選定
「遅かったな。めぼしい奴はいたか?」
昨日の18時半頃、学校から帰って来た俺に油崎はベッドの上で漫画を読みながら訊いた。勝手に出しやがって。指摘するのも面倒くさくなって「いた」とだけ答える。
「回収の目処は?」
「正直微妙」
ゲージが見えるようになってから一日目は、できるだけ学校中を歩き回ってエネルギーがいっぱいありそうな人間を探した。二日目は、油崎からの新情報と一日目の結果を基に、ターゲットを絞ってその行動の把握に努めた。ターゲットは生徒会長だ。
あれだけゲージが二本ともたっぷりある生徒は他にはあまりいなかったし、何より顔もクラスも知っているから行動を追いやすい。
実を言うと、先生達の方が比較的ゲージ――特にカルマゲージ――が溜まっていたのだが、行動の追いづらさと学校内では自由が少ないであろう立場から、今回は生徒に絞ることにした。
休み時間の度にこっそり三年生のクラスがある一階へ行き、廊下から、外から窓を通して、その様子を窺い続けた。このために昼ご飯も購買で買ったパンにしたのだ。あんパンと牛乳で張り込みをする刑事の気分になった。
授業中はさすがに無理だが、そこは相手も真面目に授業を受けている前提でいくしかない。幸い丸木先輩は優秀なことで有名なので、授業中抜け出してどこかへ、といった可能性がかなり低いのはありがたかった。
五分休みも昼休みも特に教室から出る素振りを見せなかった丸木先輩への尾行が実を結んだのは、放課後だった。
水曜日は、生徒会の集まりがある日だったらしい。一年生から三年生までの教室が詰まった建物から渡り廊下を進んだ先の、旧館と呼ばれている建物の中で、丸木先輩を含む生徒会の面々が会議をしていた。
この間、俺は生徒会室の隣の空き教室でじっと待つはめになったのだが、これは一旦置いておく。
笑い声がしたり、かと思えば静かになったりを繰り返しながら一時間半ぐらいが過ぎ、教室からわらわらと生徒会の面々が出て来た。空き教室の扉からこっそり確認して、おや、と思った。
生徒会長がいない。
他のメンバーは気にした様子もなく階段を下りて見えなくなった。
生徒会長が出てきたのは、それから二時間近く経った後だった。長い。スマホでネットサーフィンをしながら待っていた俺は、ようやくかと重い息を吐きながら、薄く開けた扉の隙間から外を覗いた。
二人いる。生徒会長と、小柄な男子生徒だ。もう一人残っていたのか。多分生徒会のメンバーだと思うのだが、俺は顔を見てもさっぱりわからなかった。あまり表に出てこない役職なんだろう。
二人は、心なしか息が荒かった。頬も赤い気がする。廊下には誰もいないのに声を潜めて、生徒会長が「また明日な」と言う。他に誰もいないからこそ、俺の耳にもしっかり届いた。
俺は咄嗟に人差し指を三回上下させた。廊下に四本のゲージが現れる。――当たりかもしれない。
小柄な男子生徒のゲージは、カルマゲージの色が緑っぽく濁っていることを除けば、ほぼ生徒会長とお揃いだった。量も多い。というか、ムラムラゲージに至っては二人とも満タンに近くなっている。絶対、何かはわからないが、間違いなくやっていた。
生徒会長は男子生徒の方を廊下に残したまま、足早に去って行く。その後ろを、追いかける気がなさそうな速度で男子生徒が歩いて行った――。
「狭い」
「文句言うな」
背後の油崎のぼやきを切り捨てる。放課後、早々に教室を飛び出した俺は、旧館に向かうと生徒会室に忍び込んだ。鍵は開いていた。こういうところって、閉まっているものじゃないのか。不用心だ。
生徒会室には、更衣室にあるようなロッカーがいくつか置いてあり、その内の鍵がかかっていなくて中身が空のものに隠れた。多分書類などを入れているんだろう。意外とゆとりがある。
昨日、丸木先輩が男子生徒に言った「また明日な」に賭けることにしたのだ。
この「また明日」が、「明日も会おうね」みたいな意味なのか、それとも「明日もここで」の意味かはわからない。だが、何となく俺は二人が今日もここに来るような気がしていた。
何といったらいいか、慣れている風だったのだ。廊下に出て別れた時の二人の様子が。多分昨日のあれが初めてじゃない。
「本当に来るのか?」
「俺に訊くな」
懲りずにぼやいている油崎をよそに、鞄から取り出した空のローションボトルを握る。もし二人がここに来てエネルギーを放出したら、こいつで回収しなければならない。
情けない気分になってきた。何が悲しくて学校にローションボトルを持ってこなければならないんだ。見つかったら終わる。俺の高校生活が全て。
いつもは帰宅したら部屋にいる油崎が俺と一緒に隠れているのも、こいつに理由がある。単純な話だ。空じゃないと入らない。油崎が出てこないと、まだ残量のあるローションボトルは空にならない。
それを知ったのは、ついさっきだった。ロッカーに隠れるや否や、油崎が背後に出現したのだ。こいつ、人の後ろに立つのが好きすぎるだろ。本当にいい加減にしてほしい。
「何で先に言わなかったんだよ」
知っていたら、家に置いてきたのに。油崎はけろっとして言った。「訊かれてないからな」
腹立たしい奴だ。でも、こいつを学校に放すのは怖すぎる。うちの高校は制服だから、お馴染みのトレーナーとジーンズ姿ではすぐに生徒じゃないとばれてしまう。
なので、この狭いロッカー内に二人してぎゅう詰めになっているのだ。
「こうも密着してると暑いな」
「おい触るな」
暇なのか、油崎が俺の二の腕を撫でてくる。やめろくすぐったい。息が耳にかかって、身震いした。何かとこの男は顔を耳に近付けてくる。趣味なのか癖なのか知らないが、繰り返されると変な気分になってくるからやめてほしい。
油崎を肘で押しやった時だった。がら、と左側で音がした。ロッカー内に緊張と静寂が満ちる。注意深くロッカーの細長い穴から外を確認する。人影は二人だった。
「いい加減どっちかの家とかにしない? ここじゃ人が……」
「家だって親がいるだろ」
「じゃあせめて鍵かけてよ」
「やだ」
――来た!
間違いない、丸木先輩と昨日みた男子生徒だ。後ろで油崎がほう、と小さく息を漏らしたのを聞きながら、俺は既にむず痒さを感じていた。男子生徒の提案に駄々を捏ねる丸木先輩の口調が、幼い気がする。普段の爽やか生徒会長と、今の丸木先輩が上手く結びつかない。
俺はローションボトルを知らず握りしめた。
「仕方ないなあ」
呆れたように言う男子生徒は、丸眼鏡をかけていた。真面目な雰囲気があり、小動物のようにも見える。彼は微笑むと、丸木先輩に言った。
「ちゃんとおしっこ我慢してきた?」
――は?
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