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第8話 新キャラと王子
世話係の私の朝は早い。
今の主人であるショウ様が起きる前に、ショウ様が快適に過ごせるよう、準備をしなければいけないのだ。
私はいつものように廊下を四回曲がって、六十六と書かれたドアの前に立つ。一つ呼吸をして気合いを入れると、一応ノックをしてからドアを開けて中に入った。
ショウ様は起きてすぐにシャワーを浴びる。私は浴室に持ってきた、肌触りの良いタオルをタオルハンガーに掛け、バスマットも敷いた。脱衣所の洗面台にショウ様の歯ブラシとコップを用意しつつ、掃除が行き届いているかをチェックする。
朝食の準備は給仕係が滞りなくやってくれているし、今日も順調に仕事が進みそうだ。
「さあ、ショウ様を起こしますか」
小さく独り言を言うと、私はショウ様の寝室へと向かう。ショウ様は眠りが浅く、それでいて神経質な所もあるので、小さな音でも起きてしまうらしい。いつも私が寝室に行くと、寝ぼけ眼でベッドに座っているのだが、今日は違った。
「んん……ナニしてるの?」
「ナニって、キミの身体をあちこち調べているのさ」
私は寝室の入口に立ち尽くしたまま、その光景を眺める。キングサイズのベッドにショウ様は少しだけ身体を起こしているけれど、男がショウ様の身体に馬乗りになっていたのだ。しかも、ショウ様のシャツは前が開けられ、白い肌に浮き出た桜色が丸見えになっている。
……誰だ? 六十六番目とはいえ、れっきとした王子であるショウ様に、馬乗りになるやつは。
その男は白衣を着ていて、栗色の髪の毛をうなじだけ長く腰まで伸ばし、同じ色のまつ毛と瞳は、今はショウ様の方を向いている。銀色の細身のフレーム眼鏡を掛け、綺麗に整った顔をしているけれど、その表情はやにさがって……というか見るからに変態そうにニヤニヤしていて、ショウ様の身体をまさぐっていた。
「……ナニしてるんです? というか、貴方は誰です? ショウ様から離れてください」
「あ、リュートおはよう」
ショウ様は私の姿をみとめると、普通に挨拶をされる。いや、もっと違う反応があるでしょうショウ様。
「むむ!?」
男は入口で立ち尽くした私を見ると、バッと音がしそうなほど大袈裟にベッドから飛び降り、私の元へ寄ってきた。そして私の顔を、唇が付きそうなほどの距離で見つめてくる。
「キミがあの噂の世話係、リュートかい!? ああ、聞いていた通りの人だね! 深緑の髪はまるで森のようだし同じ色の瞳も美しい! そして女性が騒ぐのも無理はないイケメンで背が高くて体躯もいい! 筋肉もそれなりについているしこれはいい物件だ! うん!」
何がいい物件なのだろう? 一気に私の容姿をまくし立てたかと思うと、謎の変態眼鏡……いやその男は私の身体をベタベタと触ってきた。前言撤回。やっぱり変態眼鏡だ。
「ちょ、ちょっと。何なんです? ってか、貴方は誰ですか?」
私は気持ち悪く触ってくる変態眼鏡を押しのけると、彼は大袈裟に嘆く。この世の終わりかと思うほどの嘆きっぷりに、私の心はスっと無になった。
「おお……吾輩を知らないのか……!」
なんてことだ、と頭を抱える変態眼鏡。するとベッドから降りてこちらに来たショウ様が、変態眼鏡の事を紹介してくださる。
「名前はトルン。お母様付きの研究員で、殿方もイチコロな薬を作った人だよ」
「ああああ! あれを飲んでくれたのかいショウ様! 濃厚ミルク味で美味しかっただろう?」
ショウ様の言葉にすかさず割り込んできたトルン……いや変態眼鏡は、ショウ様の身体に抱きついた。ショウ様は気にした様子もなく、されるがまま、抱きつかれながらガクガクと揺らされている。ああ、これはひょっとして、めんどくさい人と出会ってしまったのかもしれない。
「美味しかったけど、夢の中で僕が猫みたいになっただけだったし……」
「なにっ? そうかそれなら、もう一度配分を考え直さないと……」
「全然リュートにも効かなかったよ?」
「えーと、トルンさん! 貴方は一体何しにここへ来たのですか?」
私はショウ様が余計なことを言う前に、と大きな声で話題を変えた。すると変態眼鏡は眼鏡を不気味に光らせながら、分かってるだろう? とこちらに再びやってくる。そして私の顎を人差し指で掬った。……この人は、どうしていちいち動きが大袈裟でうるさいのだろう?
「ショウ様の魔力の研究を、オコト様から承ってね。だって、夢の中限定で魔力が強い淫魔なんて、吾輩も初めてだし!」
HAHAHAHA! と高笑いしながら、今にも踊り出しそうなトルン。
それで、現実でも魔力を出せる薬を今さっき塗ったところさ! とトルン……いや変態眼鏡はバチン、とウインクをした。
「……何余計なことを……」
思わず私は呟くと、トル……変態眼鏡はまた大袈裟に額に手を当て嘆く。
「ああ! お可哀想にショウ様! 起きている間は魔力が全然無いせいで、すっかり自信をなくしておられる! 私はその手助けをしたい! そしてその薬の効果がそろそろ出始める頃だ! はぁはぁ、さあ! 私を! ショウ様のその可愛らしいおちんぽで犯し……ぶふぉ!!」
「この変態ドM野郎っ!」
私はショウ様の前にも関わらずトルンを殴り、襟首を引っ掴んで部屋の外へと連れて行った。こいつはダメだ、ショウ様に近付けちゃダメな奴だ。ショウ様の為と言いながら、自分があれこれされたいだけの奴だ。
「ああ……いいパンチだ……もっと殴ってぇ……!」
「しかも節操なしかっ。二度と来るな!」
ズルズルと引きずった変態ドM眼鏡野郎を廊下に放り出すと、彼はそんなつれない態度も刺さるぅ、と喜んでいた。ドアを閉めてため息をつくと、ショウ様の元へ戻る。
「ふぅ……ショウ様、トルンさんは追い払いましたので……って、ショウ様!?」
私が再び寝室に戻ると、ショウ様は床に座り込んで両肩を抱いて縮こまっていた。先程言っていたトルンの薬のせいか、と私はショウ様の魔力を探る。……しかし何も感じない。
「ショウ様? 大丈夫ですか?」
私はショウ様のおそばに行ってしゃがみ、ショウ様の顔を覗き込む。彼の身体は小刻みに震えていて、顔が赤くて息も荒くなっていた。
「リュート、僕から……魔力を感じる?」
明らかに辛そうなお声。私はそっとショウ様の背中に手を添えると、ショウ様は驚いたように身体をビクつかせる。
「ああ、失礼しました。……しかし、大変申し上げにくいのですが……」
私がそこまで言うと、ショウ様は明らかにがっかりした様子だった。こんな、真剣に悩んでいるショウ様をもてあそぶような行為に、あの変態ドM眼鏡野郎をもう一度殴りたくなってくる。
「とりあえず、塗られた薬を洗い流しましょう」
私はできるだけ静かに、優しく言うと、ショウ様は素直に頷いた。
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