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第14話 王子と世話係
ふわふわと、意識が微睡 んでいる。
同時に身体もふわふわと暖かいものに包まれていて、私の意識はもう一度深く沈み込みそうになった。
──誰かが、私の名を呼んでいる……。
そう思うけれど、この心地良い微睡みの中にずっといたい。
「……リュート……」
心地良い声。男性にしては高めの、……そう、凛としていて、それでいて可愛らしい……。
唇に温かいものが触れる。人肌の温かさだ、柔らかい……。
私は重たい瞼を開けた。しかし視界はぼやけて薄暗く、目の前にいた人が誰かも分からない。
「……気が付いた?」
「……ショウ様……?」
目の前の人物はどうやらショウ様らしい。私は数回瞬きすると、次第に視界がハッキリとしてきた。
それと同時に、全身に思わず力が入る程の悪寒がする。先程まで温かかったのに、目眩と頭痛までしてきた。これは……?
「トルンのモンスターから出てた、粘液が悪さしてるみたい」
「え……?」
自分でもびっくりするくらい声が掠れた。だめだ、目眩が酷くて目を開けていられない。すると、額にひんやりとした手が当てられた。細い指に柔らかい感触……ショウ様の手だろうか?
「ショウ様、……すみません、私のことはお気になさらず……」
「……トルンは全裸で菱縄縛 りにして木にくくりつけてきた。……罰だよ」
「……それは逆にご褒美では……?」
いいから喋らないで、とショウ様は珍しく少し強い口調で仰る。ひんやりした手が私の寒気を吸い取っているかのように、細かく震えていた私の身体は落ち着いた。
「ショウ様、ありがとうございます。あの……」
私は助けて頂いたお礼をしようと、目を開ける。けれど、ショウ様はその白い手で、私の視界を覆ってしまったのだ。
「僕は喋らないでと言った。聞こえなかったの?」
「……」
私は素直に口を閉じると、今までは悪寒がしていたはずなのに、ジワジワと汗が出てきた。もしかして、これはショウ様が私の体調を看て下さっている? そんな、主人に世話係がお世話になるなんてこと、あってはならないですよ。
そう訴えようとしたけれど、私はこの心地良い手を退けることができなかった。これだけ接触していても、全く魔力が感じられないショウ様の、珍しく他人を労る気持ちが、心地い……ちょっと待て。
私は意識を無くす前のことを思い出した。
確かにショウ様は、あのモンスターの前で私が戦慄するほどの魔力を発していましたよね? なのになぜ、今は魔力の「魔」の字もないくらい、皆無なんですか?
「あの、ショウ様……」
「なに」
「お聞きしたいことが……」
「だめ」
ショウ様は取り付く島もありません。私は大人しく寝ていることにした。
しかし、今も私の体温を調節しているということは、ショウ様は魔力がない訳じゃないのでしょう。なのに、普通なら何もしていなくても感じられる、「その人の魔力」が、ショウ様は皆無で……。
ますます不思議だ。
夢の中では、魔力耐性があるはずの私が、我を忘れるほど魔力が強い。なのに現実では、魔法が使えるのに、ショウ様の魔力はその存在を消したかのようだ。
「あの、ショウ様? やはり貴方の手を煩わせる訳にはいきませんので、部屋に……」
「大人しくしてて。何度も言わせないでよ」
「はい……」
先程より語気を強めて仰るショウ様。私は逆らう訳にもいかず、やはり大人しくするしかない。
「リュート、喉乾いてない?」
「はぁ……まあ、少し……」
「分かった」
その言葉を聞いて、私はある考えに至る。
ああ、あれだ。ショウ様は、弱っている私を使って看病ごっこをしたいのだな。そう思って私はため息をついた。
それならばこれも世話係の務めか、と私はショウ様のお相手をすることにする。他人と関わることが苦手なショウ様が、こうして他人を労り看病することで、周りとコミュニケーションを取る練習になれば……と相変わらず瞼の上の手を退かさないショウ様を、微笑ましく思う。
すると、私の唇に温かいものがふに、と当てられた。そしてわずかに開いていた私の口内に、生暖かい液体が注ぎ込まれる。
驚いた私はその液体を飲み込んだものの、むせてしまい咳き込んだ。
「……っ、げほ……っ、ショウ様、何を……っ、んむ……っ」
この……っ、困った主人は私がむせているというのに、口を塞ぐとは一体何を考えているんですかねぇ!?
ぢゅっ、と下唇を吸われた。まさか、ショウ様に口移しで飲み物を飲まされた上に、口付けをされているのですか!? 何で!?
「ショウ様……っ、おやめ下さい……っ、この手を離して下さい!」
ショウ様が何を考えてこんな行動をなさるのか、私は顔を見てお話したいと思った。しかしショウ様の手は、私が剥がそうとしても頑なに瞼の上から動かず、その間もショウ様は私の唇や頬、顎にキスをしている。
「ショウ様!」
私は渾身の力で呼ぶと、ショウ様はピタリと動きを止めた。
「何です? 私を看病したいなら、口付けは不要でしょう?」
身体がだるいせいで、私の口調は強くなってしまう。けれど手を離さないショウ様もショウ様だ、と私は言葉を続けた。
「大人しくしてますから。思う存分好きに看病ごっこしてください。貴方に他人を労る気持ちが芽生えたことは喜ばしいですが、こんな、キスまで……」
「好きなの……」
私が呆れた口調で話していると、ショウ様は私の言葉を遮って、ポツリと呟いた。
手は相変わらず瞼の上に置かれたまま。衣擦れの音がしてショウ様は私の胸に顔──感触からして額だろうか──をうずめて、もう一度、好きなんだ、と呟いた。
瞼の上に置かれた手が、じわりと熱くなる。
「リュートが、……好きなんだ……」
消え入りそうな声に、私が最初に思ったことはひとつ。
どうしよう、だ。
何でまた、この主人は私を困らせることをするのでしょう?
私は視界を塞がれたまま、地の底まで落ちそうなほどの、深いため息をついた。
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