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第15話 ムラムラ王子と世話係

 気が付くと、そこは一面の草原だった。  私はため息をつく。またショウ様の夢の中に誘われたらしい、と。  さて、どうしたものか。見渡す限り、見える範囲にショウ様はいらっしゃらない。 「何でまた、こんなことになってしまったんですかねぇ……」  私がトル……変態ドM眼鏡野郎の変態モンスターから逃れて一週間、すっかり体調も戻り、いつものように生活していた。ただ以前と変わったのは、ショウ様がじっとこちらを見る時間が増えたこと。  頭が痛い。ああいや、本当に痛い訳じゃなく、困っている、という比喩だ。  私はショウ様のお気持ちに、応えることができないから。  ショウ様は可愛らしい。それは私だけでなく、誰もが思っていることでしょう。高貴な色の黒が、あれだけ似合うお方は王族の中でも魔王様、オコト様、そしてショウ様くらいですし。  しかしいくら可愛らしくても相手は王族。一介の世話係が、そう容易く触れていい相手じゃない。それに……。  私はショウ様を、絶対服従する魔王様のご子息、という位置づけで見ていて、恋愛対象にはなり得ないと思っている。 「……」  大きなため息をついた。やはりショウ様の好意に応えることはできない。夢の中で身体を繋げてしまったけれど、あれはショウ様の魔力にあてられてしまっただけですし。 「……あれ? いつもならショウ様がそろそろ現れるころですが、いらっしゃらないですね」  私は再度辺りを見回した。やはり地平線まで続く草原……ショウ様の姿は見えない。それはそれで平和ですけど、ショウ様の夢なのに、本人がいないとは。 「それなら、ショウ様がお目覚めになるまで、待つしかありませんね……」  そう呟いた瞬間、私は夢から目覚めた。 「……」  見えたのは私室の天井。私はむくりと起き上がって、この事実に肩が震えた。  ショウ様の魔力の影響が、この部屋にまで届いてしまうなんて。 「何で……? 別棟だぞ……?」  以前にも私自身の夢として、この部屋でショウ様の夢を見たことはあった。あれは私の夢で間違いない……思い出したくないけど。  これだけ強い魔力なら、オコト様やトルンが、ショウ様の魔力を現実でも引き出そうとしているのは、よく分かる。確かに、六十六人の魔王様とオコト様のお子様の中でも、ショウ様の魔力は群を抜いているからだ。  ハッとして時計を見ると、支度をしなければならない時間だった。急いで身支度し、ショウ様のお部屋へと向かう。  ◇◇  ショウ様のお部屋に着くと、いつものように部屋の中へ入る。シャワーの準備をと思って浴室へ向かうと、珍しく既に中から水が流れる音がした。ショウ様はどうやらこの中らしい。  それならば、と私は朝食の準備をするべく、その場を離れようとした。けれど微かに、浴室からショウ様が何か呟いている声が聞こえる。  一体何を、と私は聞き耳を立てた。磨りガラスの向こうに見えるシルエットはやはりショウ様、しかし何だか様子がおかしい。  その時点で私はそこを出て行くべきだった。なのに手足が動かず、その場に立ち尽くす。  そこから聞こえたのは、ショウ様の、熱のこもった甘く、高く掠れた声──。  ショウ様は余程夢中になっているのか、こちらの存在に気付いておられないご様子。 「……」  ま、まあ、ショウ様も一応男性ですし、自慰くらいはしますよね。  そう思って私は脱衣所から出ようと、ドアノブに手をかけた、その時──。 「……っあ! リュート……っ!」  名前を呼ばれて、思わず動きを止めてしまった。息を潜めて様子をうかがっていると、どうやらこちらの存在に気付いた訳ではなさそうだ。  私は素早くドアを開け、脱衣所から出る。  何てことだ、ショウ様は本気で……──。  これは早々に、ショウ様にお伝えしなければならない。私はショウ様のお気持ちに応えることはできません、と。  そう思って、寝室に向かった。ショウ様の邪魔をしてしまうのもいけないですし、ベッドメイキングでもして心を落ち着かせようとしたのだ。  私は寝室の中に入る。しかしすぐに異変に気付いた。 「……っ、ショウ様……」  ベッドの上は汚かった。  それはシーツや布団がぐちゃぐちゃになっていただけではなく……それらが、大量の液体で濡れているのだ。 「ああそうか……ショウ様は、……淫魔だから……」  何の液体か考えたくなかった。白っぽかったり、水っぽかったり……。うう、それにしても派手に汚しましたね。一体何回……いや考えるのはよそう。  私はできるだけ心を無にして、シーツと布団をベッドから剥ぎ取る。そしてそれらを家事使用人に渡すと、素早く新しいものに替えた。本来ならこの仕事も家事使用人の役割だけれど、……こんなもの、ショウ様は見られたくないだろう。  淫魔だから性欲が強いなどと……オコト様はともかく、ショウ様が噂されたら、間違いなくショウ様は落ち込む。 「……もしや、ショウ様がムラムラしていたから、私の私室まで魔力の影響があった、とか……?」 「リュート」 「うわああああああ!!」  独り言を呟いて、完全に物思いにふけっていたので、ショウ様が浴室から出てきたことに全く気付かなかった。 「し、ショウ様っ、おはようございます! 今朝は早くお目覚めだったのですね!」 「……ああ、うん、眠れなくて。だからまた寝る」 「そうですか、ではおやすみなさいませ……じゃなくて! ショウ様! せめて朝食を食べてからに……!」  先程のショウ様の熱っぽい声はすっかり落ち着いたのか、見る影もない。ん? この場合聞く影もない、の方がいいのか?  私が動揺のあまりぐるぐるとそんなことを考えていると、その間に、ショウ様は大欠伸をしながらベッドに横になっている。そして……。 「リュート」  ポンポン、とショウ様はベッドを軽く叩くのだ。ここに来いとでも言うように。 「ショウ様……私は世話係の身です。王族の方と同衾なんて、できません……」 「……どーしても?」 「はい」  私は平常心で答えた。今なら、私がショウ様のお気持ちに応じられないこと、話せるでしょうか。 「ショウ様。ショウ様が私に好意を持って頂くことはありがたいのですが、私はそれに応えることができません」  静かに、できるだけ口調を優しく諭すように話す。分かってくださるでしょうか。 「どうして?」  漆黒の瞳が、少し潤んだように見えた。私は同情しそうなのをグッと堪えて、話を続ける。 「身分の違いが一番ですが、それ以前に私はショウ様のことを、……その、恋愛対象として見られないからです」 「……」  ショウ様はベッドの上で俯いてしまわれた。ああ、こればかりはハッキリと申し上げなければ、ショウ様の為にも私の為にもなりませんしね、申し訳ありません……。 「……分かった」  ショウ様は俯かれたまま、ボソリと呟いた。私はホッとし、安堵のため息をつく。けれど……。 「リュートを振り向かせるために、僕、王子として色々頑張るよ」 「……んん?」  このお方は……私の話を聞いていたのでしょうか? 「いや、ですからねショウ様……」 「恋愛対象として見られないってことは、まずはリュートに憧れられる王子になればいいってことだよね?」  あの、いつそんなことを申し上げたでしょうか。ショウ様はいつまで経ってもショウ様で、魔王様のご子息でいらっしゃいます。……というか、恋愛対象として見たが最後、今度こそ私の首が物理的に飛ぶ可能性がありますよね、それは嫌です。  思考が斜め上に飛んだショウ様に、私はついていけません。しかしショウ様は目をキラキラさせて、私にこう聞いたのです。 「じゃあまず、タイプの見た目を教えて」  ……勉強の時も、それくらい好奇心旺盛でいて欲しいのですが、と私は大きなため息をついた。

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