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第16話 一夫多妻制と王子
……何ということでしょう。
私はショウ様の書斎で、机に向かうショウ様を眺めて感動していた。
あれから、ショウ様は本当に人が変わったかのように、色んなことに積極的に関わろうとしていらっしゃいます。今も、何だかんだ理由を付けて避けてきたお勉強を、進んでやっているではありませんか。
ただ、専門の教師がいるにも関わらず、教わるのは私からがいい、と仰るので、魂胆は見え見えなのですが。それにしても成長です。
「リュート、この魔界は一夫多妻制なんだね」
「ええ。ですが魔王様のように、妻を多く娶 らない方もいらっしゃいます」
「どっちでもいいの?」
「そうですね。選択制にされたのも現代魔王様ですし。それだけオコト様を愛していらっしゃるのでしょう」
このように、魔界の歴史も興味があれば素直に吸収するショウ様は、もともと好奇心旺盛な性格なのが見て取れる。ベクトルが大きく偏っているだけで。
「リュートは?」
「は?」
「リュートは沢山の妻を娶りたい?」
「私は……」
また来たか、と私は内心ため息をついた。こう、ことあるごとに私の好みや考え方などを尋ねてくるのは、私に好意があるゆえだと理解はしていますが……。
ショウ様は隣にいる私の身体に擦り寄るようにして、本を見せる。
「ほらここ、妻は性別を問わない事が多いって書いてある」
「そうですね……」
実際、同性カップルもいますし、多妻制を選択した夫婦には、性別が入り交じっている場合もあります。けれど……。
「……僕は、リュート一人でいいかな」
ほんのり頬を赤らめて、上目遣いでこちらを見るショウ様。私はうっ、と息を詰めた。
この、隙あらば迫ってくるのはどうにかならないものか。かと言って六十六番目とはいえ王子、無下にはできません。
私は、魔族ではありますが、心を鬼にしてショウ様に笑顔を向ける。
「ショウ様にはもっとお似合いの、素敵なお相手が見つかりますよ」
そう言うと、ショウ様は俯いてしまわれた。うう、すみません、こればかりはやっぱりハッキリ申し上げないと。
「……寝る」
「えっ?」
明らかにへそを曲げてしまわれた声音のショウ様は、席を立ち寝室へと向かってしまう。
待て、また夢の中に誘うつもりじゃないでしょうね!?
「ショウ様! お待ちください……!」
私はそう叫んだ直後、意識を失ってしまった。
ああ。どうか夢の中でも、私の理性が保たれますように。
◇◇
「やっぱりこうなるんですね……」
「リュートは、僕のこと嫌いなの?」
いつもの草原に来たと思ったら、既にショウ様は隣にいらっしゃった。大きな漆黒の瞳が、少し潤んでいて私は思わず抱きしめたくなる。夢の中に入った途端、私の目にはショウ様がとても魅力的に見えてしまうのだ。分かっていても、ショウ様が強制的に夢の中に誘うから、私は耐えるしかない。
「……っ、いえ、とんでもないことでございます。ショウ様は私のご主人様、好きとか嫌いとか、そんな話では……」
「でも、この間は夢の中で抱いてくれたじゃない」
ショウ様は私の腕に絡みつき、私のお腹をツツツ、と指一本で撫でる。く、くすぐったい!
「あっ、あれはっ、ショウ様の魔力にあてられてですねっ!?」
ショウ様はくるりと私の前に回ってきて、抱きついてきた。ふわりと甘い香りが漂ってきて、私は目眩がしてふらつく。どうしましょう、ここで私が理性を失ってしまったら、なし崩しに他も攻略されてしまいそうです。だからここが踏ん張りどころ……!
「リュート……」
下からショウ様の甘い声がする。私は極力ショウ様を視界に入れないよう、視線を上げた。
ゾワゾワと、ショウ様が触れるところに鳥肌が立つ。こっちを見てと言われ、私は仕方なく顔を下ろした。目を閉じて。
「ねぇリュート、ここは夢の中だよ?」
「……っ、存じて、おります……」
お腹に、何か温かいものが這っている。服の上からだというのに、直接触れているような感覚までして、私は思わず呻いた。
「夢の中なら、ナニしたっていいんだから……」
「そっ、そういう訳には……っ」
これが悪魔の囁きか、と私も魔族ですが思いました。誘惑するのも、淫魔の実力を存分に発揮されております。でも折れる訳にはいきません。
「ほら、息が荒くなってるよ? 夢の中だけなら、誰にもバレないから……」
そう言って、ショウ様は私の肝心な所に触れた。悔しいことに、たったひと撫ででそこは固く熱を持ち、私は思わず腰を引いてショウ様の肩を掴んで離す。
「……っ、ショウ様、おやめ下さい……っ」
「どうして?」
私は覚悟を決めて目を開けた。やはりショウ様は全裸で、大きな瞳を潤ませて私を見上げている。目元が少し赤くなって……薄紅色の唇が少し開いて、中の舌がチラリと見えた。私の肩が震える。
その舌を咥えて啜り上げたら、ショウ様はどんな顔をなさるのだろう? ってダメだダメだ、妄想してはいけない。
しかし、目を逸らさないとと思うけれど、目が離せない。ショウ様は私の腕をそっと外して、私の首にぶら下がるようにして近付いた。後頭部を引き寄せられ、ショウ様の顔がグッとそばに来る。見ただけでも柔らかそうな肌が目の前にあり、触れて、撫で回して、揉みしだきたい衝動に駆られた。
「リュート……我慢しなくていいんだよ?」
心を読んだかのような、耳をくすぐる甘い声。五感がショウ様の魔力で研ぎ澄まされていき、どんな些細な刺激も快楽に変換する……恐ろしい淫魔の力だ。
「ほら……好きなところ、触ってごらん?」
私はショウ様の双眸から視線を逸らせず、かろうじて残った理性を、必死に飛ばすまいと掴まえていた。心臓が大きく脈打ち、息が上がっている。当然、私の私もガチガチに勃ち上がってしまっていて、腰が動いてしまうのを止めるのに必死だった。
「ショウ、様……」
私は声を絞り出す。
「夢の、中で……ショウ様は、本当に満足ですか?」
「……え?」
「現実で、私の……身も心も欲しいと……。そう思って勉強を頑張っていらしたのでは……?」
「……」
ショウ様は途中から、私の言おうとしていることに気が付いたようだ。元々少し赤かった頬が、顔中真っ赤になっていった。ああ良かった、分かってくださったようですね。夢の中 で身体を繋げても、虚しくなるだけだと。
「……分かった」
ショウ様は私から離れてくださった。ホッと安堵したのも束の間、何かを決意したような顔で言い放ったショウ様の言葉は、私を夢の中でも失神させる、頭が痛いものだった。
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