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第17話 お料理と王子

 ああ、どうしましょう。  ここのところ、心の中の声も思考も、どうしましょうでいっぱいです。 『じゃあ、現実でリュートが僕を襲いたくなるように、頑張るね』  ショウ様はそう仰いました。ええ、聞き間違いなどではないはずです。  どうして、「好かれるように頑張る」から、「襲いたくなるよう頑張る」にシフトしたのでしょう? 好きイコール性的欲求となるのは、淫魔ゆえなのでしょうか?  私は屋敷の厨房を借りて、嬉しそうに料理を作るショウ様を眺める。  ショウ様は人間界のびーえる、という読み物に感化されたらしく、白いシャツに黒いズボン、下半身を覆う黒いエプロンをお召になっています。なんでも、ギャルソンは性的欲求を刺激するとか。 「その、ショウ様? 料理を作るなら帽子をかぶるはずでは?」  私も人間界のことは多少なら分かります。ギャルソンは給仕係であって、シェフではないですよね、ショウ様。 「腕によりをかけて作ってるから。黙ってて」 「……はい」  私はというと、厨房の作業台の近くで、ショウ様の邪魔にならないよう見守っているのですが……手つきが危なっかしいですね。  そんなことを思っていると、ショウ様は何やら肉らしき塊を持ってきた。あの、結構新鮮な肉……血が滴っていますが大丈夫ですかね? 「ふんっ!」  タァン! と厨房にいい音が響く。ショウ様が包丁で、その肉──よく見たらまだピクピクしている──を真っ二つに切ったのだ。  続いてショウ様はもう一本包丁を取り出すと、両手でリズムよくその肉を刻み始める。白いシャツに飛ぶ血しぶきと肉片……ショウ様は何を作るおつもりなのでしょうか? 見た目がかなり赤くなっていますが、これはいいのでしょうか?  ショウ様はその肉を細かくした後、それを容器に入れ卵を入れた。そして更に牛の乳と塩胡椒、処刑された魔族で作った粉を入れる。そしてそれらを手で混ぜ始めた。  ……初めて見る料理ですね。その「びーえる」とやらに書いてあったのでしょうか? 見た目はグロテスクですが、魔族で作った粉が入っているので、味はまあまあ良さそうです。  その肉を今度は平たい楕円形にまとめると、熱したフライパンで焼き始めた。うーん、とてもいい香りがしますね。 「よし、焼けたかな?」  ショウ様はその肉を、崩さないよう慎重に皿の上に盛り付ける。そしてサラダ用の葉物を添えて、私の元へ持ってきた。 「リュート、心を込めて作ったよ」  ニッコリと笑うショウ様。白いシャツについた血しぶきと肉片が、その笑顔とマッチングしていてとても爽やかです。 「ショウ様、これはなんと言う料理ですか?」 「ハンバーグって言うらしいよ。肉は前にリュートを襲ったモンスターのを使ってる」  ……聞かなきゃ良かった。あのグロテスク触手モンスターの肉ですか、と私が躊躇っていると、ショウ様は皿を作業台に置いた。 「処分もできて美味しく食べられる。一石二鳥でしょ?」  ニコニコと、爽やかな笑顔で仰るショウ様。正直、あのグロテスク触手モンスターの肉は食べたくありません。……が、ここはショウ様の顔を立てるため、私はショウ様からフォークとナイフを受け取る。まあ、座る椅子が無いのはこの際よしとしましょう。  私はその肉にまずフォークを刺した。柔らかい。続いてナイフで一口大に切ります。スウッとナイフが下まで下りて、やはりとても柔らかいことが分かります。見た目は焼いた肉で、焼く前のグロテスクさはありませんが、あの触手モンスターの肉かと思うと、やはり食欲は湧きませんね。  フォークに刺さった肉を口に運ぶ。匂いも肉そのもの。口に入れると、一体どこに隠れていたのか、香ばしい肉汁と旨味が広がった。ちょうど良い塩気と、魔族の粉のスパイシーな味と香り。それらが鼻に抜けると、恍惚感で口元が緩みそうだ。  私は無言で二口目を口に運ぶ。やはり、これだけの肉汁を滴らせながらも油っぽくなく、むしろ旨味が詰まったスープとしても飲めそうなほど、美味です。 「……どう?」  ショウ様が心配そうに私の顔を覗いていた。 「美味しいですね。あの触手モンスターの肉が、こんなに美味だとは思いませんでした」 「本当? 良かった……!」  ショウ様は余程嬉しかったのか、今まで見たことがない笑顔を向けられて、私の胸もほわっと温かくなる。そして続いて、私の心臓が軽くとくん、と脈打った。  ……ん? 何でしょう、今の「とくん」は?  私がその正体を探っている間に、ショウ様はご自分でも味見をしていらっしゃいます。ああ、そのナイフとフォークは私が使ったものですけど……。 「うん、美味しいね。アレの肉はほとんど僕が生で食べちゃったから、もったいないことしたなぁ」  嬉しそうにそう仰るショウ様。どうやら屠殺するときに抵抗されて、思わず噛み付いたらしい。よくトルンが邪魔しませんでしたね。 「トルンも殺しても良かったけど。僕の魔力が現実でも出せるようになったら、考えようかな」 「……」  私の問いにそう答えたショウ様。私は思わず震えてしまった。  ショウ様が! ……ショウ様が立派な王子として振る舞われている……! これは成長です! 大成長です!  感動のあまり涙が出そうです。この調子で、この魔界の頂点に立てるようなお方になってください!  そんなことを思っていると、ショウ様はつい、と私の前にやってくる。リュートは僕が守るからね、と何とも頼もしいことを仰って、私の手を取りその甲に口付けをした。 「リュートを将来、僕の夫にするから」  血まみれシャツにニッコリ笑顔。ブレないショウ様は素敵ですけど……。  やはりその答えに頷くことはできません!! と私は心の中で叫んだ。

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