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第31話 不安と世話係
結局、次の日パーティーに顔を出せたのは、夕方に差し掛かった頃だった。けれど、二人揃ってパーティー会場にいない間、ナニをしていたかなんて聞く輩はもうおらず、微笑ましく私たちを眺める視線だけになる。
それは一人だけでも、ショウ様が魔族を殺したこと。触れずに殺せるショウ様すごい、淫魔の本気を見た、と賞賛する者もいて、……世間とはこうも簡単に意見をひっくり返すのですね、と呆れる。
結婚式最終日のショウ様の衣装は、Aラインの桃色ドレス。ショウ様は本当に、ご自分を魅せるのがお上手ですね。白い肌と桃色がすごく似合っていて、ヘアスタイルも、ドレスに合わせたお花をあしらっています。やはり、ショウ様は綺麗で愛らしい。自慢の妻です。
しかしショウ様は昨日の疲れからか、少し元気がないご様子。せっかくもう少し、この可愛らしいショウ様を眺めていたいと思いましたが、ある程度ご挨拶を済ませたところで魔王様に後を託し、早々に引き上げる。……やはりこうなりましたか。でも、ショウ様だから仕方ありません。
「ショウ様、大丈夫ですか?」
「うん……」
ドレスからいつもの部屋着に着替えたものの、ショウ様はぐったりとベッドに横になってしまった。いきなり沢山の魔族と会ったのですから、相当なストレスだったのでしょう。
「私にできることはありますか?」
「……ギュッとしてて」
「かしこまりました」
私はショウ様のベッドに一緒に横になり、ショウ様を抱き締める。温かく、柔らかな感触に安心し、私もショウ様もそのまま眠ってしまった。
そのあと、私はとても幸せな夢を見ました。残念ながら内容までは覚えていませんでしたが、ショウ様との夢でした。淫夢ではないショウ様との夢は初めてで、これもショウ様の夢なのかなと思って起きた時に尋ねたのですが……さあね、とはぐらかされてしまいました。まぁいいでしょう。
◇◇
それから、私は私室をショウ様の隣に移動しました。寝室はショウ様と同じですが、世話係の仕事がなくなった代わりに、王族としての仕事があるので、それをこなすための部屋です。
ショウ様はパーティーで魔族を殺してから(あ、もちろんお茶にしましたよ)体調が優れない日が続きました。トルンにも診てもらいましたが、原因はストレスとしか……なんだかはぐらかされているような気がしましたが、ショウ様に聞いても答えてくださらないので、話してくださるまで待とうと思っていた時のこと。
「そういえば、最近誘惑されてないですね……」
パーティーから一ヶ月、環境や立場が変わり、あれこれと忙しくしていて、先に眠るショウ様のベッドに倒れ込むという日ばかりだということに気付く。ショウ様の体調がよくないこともありますが、ぱったり夜の営みがなくなってしまったことに、寂しさを覚えた。
──まさか、不治の病なのでは?
唐突にそんな考えがよぎり、サッと冷や汗をかく。ショウ様もトルンも何か誤魔化している様子でしたし、あのショウ様が私との交わりを避けるなんて、よっぽどのことがあるに違いありません。
確かめなければ、と私は超特急で仕事を終わらせる為に動く。明日やれることはできるだけ明日に回し、キリがついたところで部下に「これ以上仕事は受け付けない」と突っぱねて、隣のショウ様のお部屋に入る。
「ショウ様?」
「リュート」
ショウ様はこれから食事をするところでした。揃って食事もなかなかできないでいたため、私も一緒に食事を摂ることにする。
「珍しいね、リュートがこんなに早く帰ってくるの」
ショウ様は嬉しかったのか、微笑んでいた。控えめな笑顔が可愛らしくて、私も微笑む。
「結婚式が終わってから、忙しくしていましたからね。今夜はショウ様と一緒にいたいと思いまして」
「……」
それとなく夜のお誘いをしてみると、ショウ様はなぜか視線を逸らした。嫌な予感が途端に現実味を帯び、私は思わず立ち上がってショウ様の元で跪く。
「もしかして、私のことはもう飽きましたか? 最近私との交わりを避けているように思えますが、なぜでしょうか?」
私はショウ様の手を取り、その甲に口付けた。縋るように見上げると、ショウ様の視線が泳いでいる。そんな態度を取られたら、ますます不安になるじゃないですか。
「私に言えないことでもあるんですか?」
「それは……」
「やはりあるんですね!?」
ショウ様の手をギュッと握ると、ショウ様は落ち着いて、と仰る。
「ここでは……言いにくいから、二人きりの時に、ね?」
優しい目でこちらを見るショウ様は、魔族なのに聖母のような慈愛に満ちていました。それでもまだ本当のことを聞けないと思ったら、堪らず立ち上がりキスをする。
「……約束ですよ?」
「うん」
ショウ様が話してくださるというのなら、私はこれ以上あれこれいう訳にはいきません。大人しく食事をし、寝支度を済ませると、ショウ様はベッドの上で座って本を読んでいました。
「ショウ様」
ショウ様は私が声を掛けると、ふわりと笑う。こんな可憐な微笑みが、今後見られなくなるなんて話じゃないことを祈りますよ、本当に。
「ねぇ、二人きりの時は敬語を止めない?」
もう夫婦なんだし、と言われ私は「はい」と答える。途端に口を尖らせたショウ様は、「違う」と私の唇を指で摘んだ。
「ですが長年の癖で……誰に対してもこの口調なので、なかなか……」
「分かった、じゃあ少しずつね」
ギュッとして、とショウ様が仰るので、私はショウ様の後ろから抱きつくように座る。相変わらず魔力は皆無だけれど、温かくて柔らかいショウ様の身体は心地いい。
「……それでショウ様、ここのところすれ違いで、夜の営みもできなかった訳ですが」
私は思い切ってそう切り出してみる。すると、あからさまにショウ様の身体が硬直した。その反応に、私はショウ様を更にキツく抱き締める。
「そのことなんだけど……」
ショウ様はとても言いにくそうに口を開いた。
「ああ、待ってください。やはり心の準備が……っ」
「いや、リュート聞いて?」
「ああああ! 聞こえません聞こえません! ショウ様が不治の病なんて、私は信じたくありませんよっ!」
ぎゅうぎゅうと抱き締めながら、私はショウ様の話を遮ってしまう。落ち着いてと言われてますが、これが落ち着かずにいられますか!?
「リュート!? 僕は不治の病じゃないよっ? ……確かに病気だけどっ」
「ほらやっぱりいいい! 私を置いて逝かないでくださいショウ様あああ!」
何てことでしょう、結婚一ヶ月にして妻に不治の病が見つかるなんて! ショウ様がいなくなったら、私は……私は……!
「だから不治の病なんかじゃないって! ただのED!」
「………………え?」
今ショウ様は何と仰いました? 確か、EDと……。
「結婚式パーティーの反動とストレスだろうってトルンは言ってるけど。……もう、恥ずかしいから言いたくなかったのに……淫魔がEDなんて……」
顔を真っ赤にしているらしいショウ様。耳まで赤くて食べてしまいたい程ですが、……多分今それをやると怒られる気がします。しかしそれよりも……。
「よかった……!」
「わぁっ」
私はショウ様をベッドに引き倒し、顔を覗き込んだ。恥ずかしさからか、目を潤ませてこちらを見たショウ様からは、やはりいつもの誘惑の香りが出てこない。なるほど、避けられていると感じたのは、この香りも消えていたからなんですね。
「ショウ様、ショウ様がどんな方でも、私は貴方を愛していますよ」
「……ありがと」
そう言って、私はショウ様に軽く口付けた。誘惑の香りがなくても、私はショウ様に欲情しています。……どうすれば、それを分かって頂けるでしょう?
その晩、私はショウ様の身体のあらゆる所に口付けをした。
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