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Sweet Delicatessen

私の働き先は近所でおいしいと評判のデリカッセン。 お客さんは常連さんが殆どで話も弾む。 「今日のおすすめはなんだい?」 「ポークビーンズはいかがです?隠し味にパイナップルを入れてみたんです、甘酸っぱい風味が癖になるってお子さんにも好評ですよ」 聞かれたことにははきはき感じよく受け答え。これでも一応看板娘だもの、鉄壁の接客スマイルは忘れずに。 デスパレードエデン……別名ならず者の天下とよばれる区域の一画にこの店はある。 物騒な名前から簡単にご想像付く通り、たびたびマフィアの抗争に巻き込まれて人が撃ち殺される場所。 下町育ちの私はもうすっかり慣れっこだけど、アップタウンのお金持ちは卒倒するかもしれない。なんなら道を渡るのだって命がけ、空薬莢を踏んで転んで死んだおじさんがいるから断言する。 「今日も元気だねえ」 「元気だけが取り柄ですから!でも嬉しい、マッシュポテト10グラムおまけしちゃいますよ」 「そこは30グラムにサービスしてほしいなあ」 「だったらもっとお世辞ください、世の中等価交換が原則ですよ」 「ちゃっかりしてるねえ」 「じゃないと食べてけませんから」 デリカッセンにはできあいのおかずが陳列されている。彩りキレイで目に楽しい手作りのお惣菜。 ほっくりした大豆と豚肉をトマトで味付けし柔らかく煮込んだポークビーンズ、野菜を混ぜこんで丁寧に濾したマッシュポテト、口の中で贅沢にとろけるマカロニアンドチーズ、アルデンテの麺に肉汁を凝縮したミートボールを絡めたスパゲッティウィズミートボール、パリパリに焼き上げた皮を甘辛いタレに漬けたローストターキー、挽肉の塊を燻製にしたミートローフ、シャキシャキの海藻にオリジナルのドレッシングを和えたシーザーサラダ……数え上げたらきりがない。 取り分けはセルフサービスで、お客さんがトングで好きなだけとるシステムを採用してる。 昼時と夕方はこみあって大忙し、レジにも長い行列ができる。 ガラスの扉の向こうから近付いてくる二人組を見て、内心「あ」と声をもらす。 ピンクゴールとイエローゴールドの頭髪輝く若者ふたり……できたてのお総菜を補充する手をとめ、慌ててレジへすっとんでいく。 「店長、|小鳥ちゃんたち《バーズ》が来ましたよ」 興奮に上擦る語尾で報告する。 レジのお金を計算していた中年の店長が、ドアに手をかけ今にも入ってこようとする二人組に興味深げな視線を投げる。 |小鳥ちゃんたち《バーズ》はこのあたりではちょっとした有名人だ。主に弟くんの方が。 賞金稼ぎ通なら知らないものはいないルーキー一番の出世頭、ストレイ・スワロー・バード。めっぽう腕が立ち頭もキレて、おまけにすこぶる美少年。 はじめてお店にやってきた時は驚いた、まさかあのストレイ・スワロー・バードが徒歩で来れる圏内に住んでたなんて! 白状すると、私は結構なミーハーだ。 仕事中は真面目な風を装っているが、お会計の時なんて、何度ポケットのサインペンをぬいて手の甲にサインを乞いそうになったことか。並んでいたからやめたけど、一対一なら完全に自制心を失っていた。 「休憩入るからあとお願いね」 「私一人で?」 「|小鳥たち《バーズ》が店で騒ぎをおこしたことは?」 「ないですけど……」 「奥にいるから何かあったら呼んで」 「はい」 あくびまじりにさっさと引っ込んでいく店長と立ち替わり、深呼吸で気合を入れ直す。 ドアに吊られたベルが軽快な音を奏で、小鳥たちの来店を告げる。 「いらっしゃいませー」 快活に声を張ってお出迎えすれば、噂のツバメくんは無関心にぐるりを見回し、入ってすぐの所に掛けられたトングをとる。 続いてやってきたのは年季の入ったモッズコートを羽織った青年。 ツバメくんにならってトングを手にし、いそいそとボードをとる。彼も賞金稼ぎで……名前はたしか|小鳩ちゃん《リトルピジョン》。 見た目はあんまり似てないけど血の繋がった兄弟らしい、ただし半分だけ。 ……というのは、お店によく来てくれる主婦や若い女の子たちから仕入れた情報。 みんな噂話が大好きで、来店時にたまたま居合わせたりするともう大変。 二人の一挙手一投足をチラチラ盗み見ては「やっぱりイイ男ねえ」「お兄さんの方はなんだかぱっとしないけど」「えー、かわいいじゃない。こないだお釣りおとしたら親切に拾ってくれたのよ、あんな気のきく息子が欲しいわあ」「アンタんとこの三男坊ギャングの女を寝取って撃たれたもんねェ」と帰った後に大盛り上がりする始末。 お惣菜の補充の傍ら、それとなく行動を観察する。二人は順々にお盆を覗き込んでは、どれにしようか賑やかに話し合ってる。 「これにしよ」 「またか、よく飽きねーな」 「いいだろ好きなんだから。お前は相変わらず肉ばっかだな、栄養偏るから野菜もとれよ」 「てめっ、勝手にサラダよそんな!」 「付け合わせはマッシュポテトにするか。いろんな種類あっていいよね、ここ。見た目もキレイだし」 「赤・緑・黄色と着色されてお行儀よく並んでらァ」 「赤がトマト、緑はブロッコリー、黄色はカボチャ、黒はイカ墨だって」 「イカ墨??ちょっと待て、芋とイカ墨をまぜこぜにしたのかチャレンジ精神振りきれてんぞ」 相変わらず仲いいなあ。 最初はちょっと面食らった。話に聞いてたのと随分イメージが違って、お兄さんにいちいち食ってかかっちゃケチ付けるこの少年が、あのストレイ・スワローとは信じられなかった。 ストレイ・スワローの評判は悪い。自由気ままな野良ツバメ、群れに染まらず独り飛ぶと戯れ歌が流行る位に。 私もいろいろとよくない噂は聞いてる。組合から差し向けられた相方を弾除けにしたとか、土壇場でハメてわざと大怪我させたとか……どこまでホントかわからないけど。やっかみも入ってるんだろうな。 実際会った野良ツバメは、びっくりするくらい普通の男の子だった。 お兄さんと仲良く喧嘩する姿はどこにでもいるやんちゃなティーンエイジャーで、いっそ微笑ましい。 一方お兄さんはといえば、いちいち突っかかってくる弟を平然と受け流し、トングをカチカチさせてお惣菜を選んでいく。ちょっと多く取り過ぎなのはご愛敬だ。 「早く決めろよ」 「せっかちだな、じっくり選ばせろよ」 「マッシュポテトなんてどれも同じだろーが」 「この店は違うんだって」 お兄さんが口をとがらせて主張する。ツバメくんはじれて足踏み。 こぢんまりした店内をゆるやかに一巡し、そろそろ会計にやってくるのを見越してレジにインする。 「お願いします」 「かしこまりました」 デリカッセンは量り売りが基本だ。 お兄さんがシャイな笑顔でボードをだし、私はパック分けされたお惣菜を次々秤にのせていく。ツバメくんはお兄さんの後ろで待ってる。 「あの」 「はい?」 「……おいしいですよね、このお店」 「ありがとうございます、そう言って頂けると毎日仕込み甲斐があります」 「今のアパートに近くて助かってるんです、すぐ買いに来れるし。夜遅くまでやってるし」 「そうですね、お仕事帰りに駆け込んでくる方も多いですね」 「なんていうか、素朴な味付けで。母の手料理を思い出します」 「スパムサンドとピーナッツバターとシリアル?」 「たまに早く起きたとき作ってくれたろ」 「ショットガンぶっぱなしてウサギ狩ってきたことっきゃ覚えてねー」 「ウサギですか?」 目をまんまるくする。 「女の子の前でショッキングな話するな、貧血おこしたらどうするんだ」 「可哀想だからできねえってテメェはごねるわ母さんは包丁すべらせてアクロバティックに天井ぶっ刺すわで、結局俺が捌くのやらされたんだぞナイフで。ウサギの解体なんてやったことねーのにどうしろってんだ、まず耳切り落とすのか?」 「やめろ馬鹿」 「俺ん中に突っ込まれたナイフで?」 「どうしていま思い出すんだよ知りたくなかった!」 「よく洗ったからセーフだって、突っこまれたのは柄だけだし」 「最悪……とっくに消化されて俺の一部になってるのに」 「道端に落ちてる豆は食えても俺にぶっ刺したナイフでかっさ捌いたウサギ肉のシチューは食えねえってか」 「当たり前だろ倫理観の問題だ!」 わけがわからない。 増殖する疑問符を無難な笑顔にひた隠し、要領は得ないながらも死球をフォロー。 「随分とワイルドなお母さまですね」 「自慢の母です」 「よく言うぜ」 皮肉っぽくまぜっかえす弟くんを横目で睨み、人のよさ全開で誉めそやす。 「味はもちろん量が多いのが嬉しくて」 「育ち盛りのお子さんを大勢抱えたお母さんがたにご贔屓いただいてるんですよ」 「リピーターが多いのも道理だね」 「皆さんよくしてくれてます」 「君も偉い」 脈絡のなさにきょとんとすれば、純情な顔を赤らめてへどもど狼狽。 「あ、その、いきなりで気に障ったらごめん。なれなれしかったかな?このお店でよく見かけるから……頑張って働いてるだろ」 次第に敬語がぬけてタメ口になるけど、全然いやな気分じゃない。同年代に敬語を使われる方が居心地悪い。 「お釣りの渡し方も丁寧だし、いい子だなって思ってたんだ」 「ああ……癖なんです、それ」 「え?」 「こうやって手で包み込むようにするの……前にうっかり落としてばらまいちゃって、以来気を付けてるんです。隙間に入りこんだら大変でしょ」 「そうなんだ……」 握り締める手まねをすれば何故だか残念そうに肩を落とす。落ち込むようなこと言ったっけ? 「ひとりひとり丁寧な接客は心がけてますよ。人が並ぶとテンパっちゃって、お会計中にチラチラ見ちゃうんですけどね。ほら、私って小さいでしょ?首かしげて後続の人数チェックするの行儀悪いし、ホントはやめたいんだけどね」 秤を操作しながら照れ笑いすれば、追い討ちをかけられたようにさらに肩を萎ませ、「はは……そうだね、いや俺はいいと思うようん仕事熱心で感心感心」と変な棒読みでフォローしてくれる。 背後のツバメくんはしらけた目で挙動不審なお兄さんを見ていたけど、おもむろに前傾し、うなじに一筋息を吹きかける。 「ぅひっ!?」 「駄バトの分際でちんたらナンパしてんじゃねー」 「ただの世間話だろ」 「光の加減で服透けねーか下心満載の目付きしてたろ」 「女性の前でなんてこと言うんだ」 「発情期か?交尾か?尾っぽフリフリ求愛ダンスか?」 「鳩は求愛ダンスをしない。するのは孔雀だ」 「なあ知ってっかピジョン、広場に集まる鳩ん中に首まわりがやけにモッサモサのいんだろ」 「いるね。普通のヤツよりかわいい」 「ありゃオスの求愛行動なんだと、首まわりの羽毛を膨らませてメスにアピールしてんだ。早い話がナンパだナンパ、お前の首ねっこも産毛がぶわっと逆立ってたぜ今」 「嘘だろ?」 反射的に首元を押さえてから口惜しげに顔歪めるも時既に遅し。 見事に一本とって悪ノリした弟くんが、渋面で不快感を示すお兄さんの肩を抱き、舌打ちと共に指を振る。 「まだまだあるぜ駄鳩トリビア。キジバトは食べた植物の種を元に体内で栄養価の高えミルク状の液体、通称ピジョンミルクをこしらえる。コイツのおかげで一年通して子作りし放題なんだと、エロいだろ」 「その雑学のどこにエロい要素があるのか不明だし、鳩の生態に詳しすぎて怖いぞお前」 「ピジョンミルク。リピートアフタミ―」 「それ以上くだらない戯言ほざくと冷蔵庫に入ってる賞味期限切れの牛乳を体中の穴という穴から飲ます。俺は本気だ」 「テメェはまーたすぐのぼせあがっから世話焼ける、おおかたこの女が気ィ持ってるとかめでてェ勘違いしたんだろあてが外れてお生憎様だなオイ、マッシュポテト全種類どっちゃり持ってきたのに」 「純粋に食べたかったから持ってきたんだ、食べ物で女の子を釣るようなマネするかよお前じゃあるまいし」 「は?もとから入れ食いなのにンな手間かけっか」 「お会計お願いします」 話にならないと判断したお兄さんが盛大にため息、茶番を打ち切ってポケットから硬貨をとりだす。 ツバメくんは「シカトかよこっち向けよ」と大いに拗ねて、お兄さんのふくらはぎを蹴飛ばす。 「あの……痛くありません?」 「大丈夫。慣れてますから」 また敬語にもどっちゃった。 パックに詰めたお惣菜を紙袋に詰めて渡せば、ありがとうと控えめに礼を述べ受け取り、いたたまれず歩きだす。 カウンターの内側に取り残された私は、足早に店内を突っ切ってドアへ急ぐ背中をただ見送るしかない。 弟くんの言ったこと、本当かな? まったくそんな気なかったから面食らったけど、改めて見直せば全然悪くないっていうか、目鼻立ちは清潔感あって地味に整ってるし、生来の誠実さが内から滲み出す物腰に好感を抱く。 そういえば、間違えて多くお釣りを渡しちゃったときもごまかさず教えてくれた。 たった十ヘルなのに律義な人だなあって、あの時も感心したっけ。 「……ふん」 レジの前にふてくされ気味に突っ立っていた弟くんがこっちを睨む。 「アンタさァ、見る目ねーのな」 「え?」 「ま、そっちのがいいか」 問いただす暇を与えず、軽やかな足取りでお兄さんに追い付いくや並んで歩きだす。 「……袋片方持て」 「やなこった」 「そうかよ」 涼やかなベルを鳴らして帰る間際、すでに去り行く兄の背を守って立ち塞がり、牽制するような流し目を投げてよこす。 『おれのだから、これ』 大胆不敵な口パクで告げられた言葉に、一瞬思考が停止。 「またのご来店お待ちしてまーす……」 間一髪、お辞儀で送りだすと同時にドアが閉まって静寂が舞い戻る。 私はカウンター内で棒立ちになったまま、接客をバイトに任せ、奥で新聞を読み耽る店長に確認する。 「あの、店長」 「ん?」 「相手を所有格で語るって、主にどういう場合でしょうね」 「デキてるね」 「デキて……ますよね絶対、確実に」 上の空の店長の返事にこっちも上の空で応じ、火照った頬を両手で挟む。 ガラスを嵌めたドアの向こうを、仲良く小突き合いながら去っていく二人の距離は異様に近く、仲の良い兄弟を通り越して恋人同士にしか見えない。 むずむずニヤケそうになる口元をなんとか引き結び、上がる一方のテンションに任せて叫ぶ。 「またのご来店、心よりお待ちしてます!」

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