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第24話
パジャマを抱きしめていただけだ。
「こんな香させたら、襲ってくださいって言ってるようなもんだよ」
手に持っていた仕事用の鞄を床に置くと近づいてくる。狭い部屋だから数歩しか離れていない。
「な、にも、てない」
ひどく掠れた声は、興奮に掠れたようにも聞こえる。
なんでこんなに早く帰ってきたんだろう。
「もう、俺がどれだけ我慢してると思ってるの?」
我慢なんてしてたんだ。
床に座った僕の目の前にしゃがんで片手で顎を掴まれる。
細めた目がじっと僕を見つめて、「少しだけ」と呟いて。
ゆっくりと、ゆっくりと焦らすように近づいて口付ける。
ゆっくり喰むように口付けて離れる。
「……も……」
もう一度。と言いそうになって、声が出ずにその唇を見つめる。甘い香りが包んで胸を締め付ける。
言葉になれないもどかしさに、ぎゅっと胸が苦しくなる。
和人。和人。
和人の手が頭を撫でて、「俺出て来るから、換気しといて」と立ち上がって、鞄をとると部屋を出て行ってしまった。
少しだけって、何。
我慢って……。
今は怪我をしてるからってことだろうか。
和人は僕を求めるってことだろうか。
言ってくれればいいのに。和人はいつもテンション高くしゃべっているけど、肝心なことは言ってくれない。
甘い睦言も、求める言葉も、甘い誘惑もない。
それは僕が怪我をしてるからだって、思いたい。
ため息をこぼすと立ち上がった。熱を持て余した身体が熱い。
和人に言われた通りに窓を開けて外の空気を中に取り込んで換気をした。
今まであった甘い香りが一気に掻き消えてしまう。
和人との生活も消えてしまいそうだ。
和人がいる生活を失ってしまいそうで、すぐに窓を閉めた。
怪我したから診にきてくれてるだけだ。
まだ、発情期じゃない。
閉めた窓の向こうの駐車場に和人の車があった。
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