28 / 55

第28話

 もう一度書類を見る。従業員は3人と少ない。これからまだバイトを募集するかもしれないけど、店もそう大きくはない。 「ねぇ、ひなた。俺の仕事を手伝わない?」  和人が楽しそうに笑った。 「アキの秘書じゃなくて、俺の店のマネージャーをやってくれないかな?」  この間桐生と話し込んでいた件だとピンときた。『親父は?』とあの時桐生は聞いた。  今している仕事を全部辞めてこの新規オープンの店を開くってことだろうか。 「無理……で、きな、い」  和人は、「気が向いたらでいいよ」と言って書類をまとめて片付けた。 「そろそろ出かけよう。ご飯遅くなるよ」  返事は聞き流されて、はぐらかされたように感じた。  もっと、話がしたいのに。  もどかしくて唇を噛み締める。  和人はすっかり冷たくなった紅茶を流し台に持って行った。  和人が今の仕事を辞めてまでこっちに来るのは正直驚きだ。  少し前から進めていたってことだけど、僕が一因なのだろうとは思う。  だから、知らない顔はできない。  でも、桐生の秘書を簡単には辞めることもできない。  肝心なことは言わない和人に不安を覚える。  全部を俺のものにすると言いながら、僕には何も渡してくれない。  教えてくれない。  今回のように困った時にはすぐに駆けつけてくれて支えてくれている。  だから僕もつい甘えてしまってるけど、本当はそれじゃダメなんだ。  今までは桐生への想いを理由にしてきた。  今回は『運命』を理由にしている。 「か、ずとさ……」 「声を出すのはもう少し我慢だ」  和人は困った顔をして、「ほら、出かける用意して」と僕を促した。  怪我から1週間も経つと喉の痛みは幾分治って、声も無理のない程度なら出していいことになった。  僕も仕事に戻ることにして、朝は和人に桐生の家に送ってもらって桐生の家に停めてある車で桐生と一緒にオフィスに向かった。  だけど、声がまだ本調子ではないのと、喉の傷が目立つので秘書としての仕事は第二秘書に任せて、業務の仕事をすることになった。

ともだちにシェアしよう!