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キスシーン✦side秋人✦4

 沈黙を破ったのは、榊さんだった。   「…………まさかお前が……こっち側にくるなんて、間違いであってほしかったよ……」 「……え……こっち側……って……?」   「…………誰にも、カミングアウトはしていない。だから、お前の中だけにとどめておいてほしい。俺は……男しか好きになれないんだ。……ゲイだよ」  榊さんは、とても静かな声色で爆弾を落とした。  七年前のグループ結成時から、マネージャーとしてずっとお世話になってきた。  九つ年上で、厳しいけれどすごく頼りになって、どんなときでも榊さんがいれば大丈夫だと思えるそんな存在。  ずっと近くにいたのに、まったく気が付かなかった。榊さんがゲイだったなんて……。 「秋人。もう一度聞くが、引き返せないか? まだ間に合うんじゃないか? 神宮寺くんと……少し距離をおいてみないか」    運転席の真後ろからは、バックミラー越しでしかお互いの顔は見えない。  ハンドルに手を付いたまま下を向いている榊さんの顔は今は確認できないが、付き合いが長いからこそ分かる。言い含めるとか強要するでもなく、ただひたすらに俺を案じてくれている。  榊さんはさっき、誰にもカミングアウトはしていないと言った。  この話をするために。俺が本音で話ができるように、ただそれだけのために。こんな重大な秘密を打ち明けてくれたんだ。  自分がこれからどうなるのか、どうしたらいいのかも分からず、暗闇に一人取り残されたように感じていた。  今その闇から、榊さんが手を差し伸べて俺を救い出してくれた。   「……榊さん、俺……」    口を開いたとたん、みるみる涙で視界がゆがんだ。    榊さんの前では素直になってもいいと分かると、まるで結界が崩壊したかのように、閉じ込めていた何もかもが涙となってあふれ出た。 「…………俺…………すげ……怖くて……」 「うん」 「昨日までは……友達だと思ってたのに。キス……したら、もう…………俺…………」  (せき)を切ったように流れ出る涙のせいで、喉の奥が焼けるように熱い。言葉が出てこない。 「秋人、お前……今日まで少しも自覚がなかったのか?」  榊さんはこちらをふりむいて、驚いたように問う。  自覚なんてあるわけない。声が思うように出せなくて、無言でうなずいた。 「……俺は、数年かけてゆっくりと自覚して少しづつ自分を受け入れたが、それでも当時は苦しかったよ。お前はたったの一日だったのか……」  なかなか泣き止まない俺を、榊さんは何も言わず待っていてくれた。  運転席から後部座席に移動して、あやすようにゆっくりと背中をさすってくれる。  俺は震える手で頭にかぶっていたタオルを顔に押しつけ、もれ出る声を閉じこめた。   「少しは落ち着いたか?」 「……はい」  孤独感のあとの安心感で、自分でもびっくりしてしまうくらいに大泣きしてしまった。 「明日は午後から歌番組の収録だ。気持ちの切り替えはできそうか?」 「大丈夫です」 「即答だな。安心した」 「蓮に……」 「ん?」 「蓮に、失望だけはされたくないから」  今俺が怖いのは、それだけだ。 「榊さんがいてくれるから、もう怖くないです。今怖いのは、蓮が俺から離れていくことだけ……」 「秋人……」 「だから、適当な仕事は絶対にしません。この気持ちも……絶対に気づかれないようにします」  泣いているうちに分かった。自分は何が怖いのか。  男を好きになったことも人と違うことも、榊さんのおかげで一人じゃないと分かったからもう怖くない。    でも蓮に、白い目で見られることだけはたえられない。    だから絶対に、この気持ちは知られたくない。  俺は、たとえ友達としてでも蓮の側にいたい。  蓮のニコイチとしての居場所を、失いたくない。  

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