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友達の距離✦side蓮✦1

 俺は寝起きがすこぶる悪い。  完全に頭が働くまで早くても三十分。  まずスマホのアラームで目を覚ましたら、アラームに書かれた必要事項を確認する。  普段はたいてい家を出る時間と重要事項。寝る前にセットをしている。  そのあとはトイレに歯磨き、シャワーを浴びてやっと覚醒する。  今朝もアラームで目を覚まし、必要事項を確認した。『オフ。秋さんに朝ごはん』と書かれている。  今日、仕事が休みなのは理解できた。  秋さんに朝ごはん?  頭の中に疑問符が浮かぶ。  半分寝ぼけた頭で考えようとしたところに、聞こえるはずのない愛しい声が聞こえてきた。 「蓮、起きた? おはよ」  俺の顔をのぞき込む秋さんの顔。  瞬きを何度もしたけれど消えない。  秋さんがそこにいる。   「え……なんで秋さんが……」 「ん?」 「え……夢の続き……?」  目が覚めたら秋さんにおはようと言われる、幸せな夢の続きが始まったらしい。   「あ、お前寝起き悪いんだっけ。俺……夢に出てきてた?」 「……うん……」 「どんな夢?」 「すごい……幸せな夢……」    働かない頭で夢を思い出す。  秋さんと、ちゃんと気持ちの通ったキスをしていた。  秋さんが俺に大好きだよって言ってくれて、とても優しいキスをした。  合わせるだけのキスは変わらないのに、すごく幸せだった。  悲しいキスのあとだったから、すごく幸せだった。    ……悲しいキス……。いつどこでしたっけ?   「どんな、幸せな夢だった?」 「え……と……」  あれ、俺いま寝てない。起きてる絶対。これは夢じゃない。あれ?  目の前に秋さんがいる。これは現実?  あれ、俺いま秋さんと話してた?  何を言ったっけ?  これ話してても大丈夫?   「秋さん……?」 「うん。おはよ」 「本物?」 「ははっ。うん本物」 「……え?」 「昨日、一緒にドラマ観て…………泊まった」 「あ……そうだドラマ……観て。……一緒に観て……」  ぼんやりと覚醒してくる。  心臓がドクドクうるさくなってきて、頬が熱を持ち始めた。 「あ、あの、俺っ」  慌てて立ち上がってベッドから降りようとして転げ落ちた。 「えっ、おい、大丈夫か?」 「だ、だ、大丈夫です! 俺、し、シャワー入ってきますっ!」  走るようにそこから逃げて、たぶん今までで一番最速に服を脱ぎ捨てて風呂場に飛び込んだ。   頭から勢いよくシャワーを浴びた。  いつもより長めに浴びた。  完全に思い出した。昨日のなにもかも。    もう少しぼかされててもいいのに。なんでクリアに覚えてるの? どんな顔して秋さんに向き合えばいいの?  酔ってて覚えていないふりをしようか。と考えて、絶対にバレる未来しか見えないな、とうなだれた。  でもさっきの秋さんいつもどおりだった。  秋さんはもしかして覚えていないのだろうか。  昨日の秋さんは相当酔っていた。覚えていなかった場合俺はどうすればいい?  いくら考えても分からない。答えが出ない。  秋さんの出方をみて、そのとき考えるしかない。  そう決めたら開きなおった。  開きなおったら、昨日のことを全部クリアに覚えていて良かったと思えた。  絶対に忘れたくない。すごく色っぽくて可愛かった秋さんを。  あ、駄目だ。今思出したら駄目なやつだった。と後悔してももう遅かった。  下を向くと元気になったそれが目に入る。  朝から風呂場で抜く羽目になった。部屋にまだ秋さんがいるのに。恥ずかしすぎて死にそうだった。  外で思い出さないようにしないと……。  ずっと隣に秋さんがいるのにどうやって……。俺は途方にくれた。    シャワーから上がって着替え、歯を磨きながら昨日はいつ寝たんだろうと思い出す。  昨日の夜は色々ありすぎて、たぶん精神的に疲れ果てていて、秋さんのシャワーが終わるのを待ってるうちに電池が切れたようだ。  朝になったら気まずくならないように、普通を装っておやすみの挨拶をするつもりが……。何やってるの俺。  口をゆすぎながらため息が出た。  昨日の悲しいキスを思い出すと、胸がツキンと痛む。  でも、ふれるなんて本当ならできないはずだった秋さんとふれ合えた。  キスだって、秋さんがしたいと言ってくれた。  あんな幸せなこと、もう二度とない。    今日からはまた友達の距離。  それでも普通の友達とは全然違う、すごく近い距離。  たとえハグやキスができなくても、秋さんの側にいられる。    俺はすごく幸せ者だ。

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