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友達の距離✦side蓮✦2
歯磨きも終えて部屋に戻ると、土下座の秋さんに出迎えられた。
「え、秋さ……」
「ごめんっ! ほんっとにごめん!」
突然土下座で謝られて、どうしたらいいのかオロオロしてしまう。
「昨日俺すげぇ酔ってたみたいで。ほんっとにごめん!」
「あ、あの、とりあえず頭上げて秋さん」
土下座してる秋さんの側に寄って、俺も向かい合って座った。
「……許してくれる?」
「ゆ、許すとかじゃなくて。だって怒ってないし」
土下座をしていた秋さんが、ゆっくり体を起こして俺を見る。本当に怒ってない? と重ねて聞かれて、うんとうなずいた。
秋さんはホッとした顔をしたあと、目線を下げて恐る恐るという風に言った。
「でも…………引いた? よな?」
「……ひ、……引いたよ。ドン引きだよっ。あ、当たり前じゃんっ」
「……そうだよな。……本当にごめん」
うなだれてる秋さんが、こんなときなのに可愛い。
「……嘘だよ。引いてない」
「……嘘だ」
「嘘じゃないよ。だって途中からは合意でしょ。それに……そもそも悪いの俺の方だし」
「え? なんで?」
「だってその……俺が、……たっ……ちゃったからだし」
「あ…………そっか。そうだった。そもそも蓮が勃起したから、あんなことになったんだよな」
「ぼっ……」
顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、両手で顔を隠した。
「そ、そうだけど!」
そうだけど勃起とかわざわざ言わないでほしい。いたたまれない。
「じゃあ、おあいこ……ってことで、いいかな?」
顔を見せられなくて、隠したままコクコクとうなずいた。
「……よかった。じゃあ、昨日の話はこれで……終わりな」
終わっちゃった。話が終わったらもう無かったことになる。本当に終わっちゃった。
俺が勃起しちゃったからそうなっただけの、ただの抜き合いが本当に終わった。
顔をうつむけてそろそろと手を下ろすと、力なく立ち上がってキッチンに向かった。
「じゃあ俺、朝食作るね」
「あ、俺なに手伝えばいい?」
「大丈夫。座ってて」
もめたかったわけじゃない。こじれたかったわけでもない。でも、こんなにあっさり昨日のことが終っちゃうのが寂しかった。
俺には大事件でも、秋さんにはきっとちっぽけなことだったんだ。寂しい。悲しい。もっと悩んだり困ったりしてほしい。……ってなんだそれ。
今の自分の気持がよく分からない。
美月さんが買い込んでくれた中から、卵とベーコンを取り出してフライパンで焼く。
野菜サラダにベーコンエッグ、焼いたトースト、それからコーヒー。バターといちごジャム、はちみつを並べる。
できたよ、と呼ぼうとしたとき背後に気配を感じた。
ふり返ろうとしたら、秋さんが俺の背中にトンと頭を預けてきた。
昨日ぶりに感じる秋さんの熱。一気に体温と心拍数が上昇した。
「秋……さん?」
「蓮……あのさ」
「うん?」
「俺ら……これからも……ニコイチだよな?」
そう問いかける秋さんの声は、どこか不安そうな声色をしていた。
あっさりじゃなかった。秋さんも、悩んで不安になっていてくれた。
俺と同じ気持ちだったことが、なにより嬉しかった。
「あ、当たり前っ。これからもずっとニコイチだよ。やめたいって言ったって、絶対にやめてやんないからね」
わざと可愛くない言い方をした。
深刻にしたくなかった。
秋さんも早く安心してほしかった。
俺の背中で、秋さんがふはっと笑った。
「うん。俺も、やめてやんない」
「絶対に、約束ね」
「うん。…………なぁ蓮」
「ん?」
「……ぎゅってして」
「……えっ?! 秋さん、なに……」
「いいじゃん、あんなことしたんだし。今さら、ぎゅーくらい」
「そっ……か……?」
何か色々と麻痺してくる。確かに今さらかもしれないと思えてくる。
ゆっくり後ろをふり返ると、秋さんがはにかむように微笑んだ。
「ん。はい」
そう言って両手を広げる秋さんが、死ぬほど可愛い。大好きがあふれる。
気持ちがもれ出ないように気をつけながら、そっと抱きしめた。
秋さんがぎゅっと抱きしめ返してくれて、嬉しくて身体中が震えた。
腕の中で秋さんがクスクス笑いだす。
「……なんで笑ってるの?」
「……ん。やっぱり蓮だなぁって思って」
「え?」
「心臓の音」
「あ、これはっ」
「安心する」
「え、安心?」
「……ん。嫌われてないって分かるから。すげぇ安心する」
そう言って、すりっと肩口に頬をすり寄せてくる。
「……そんな……心臓の音なんか聞かなくても、ずっと安心してていいよ」
「……やだ。たまに聞きたい」
「ええ?」
「たまに、聞かせろよ」
「……うん。いいよもちろん。……いつでも」
撮影じゃなくても、秋さんを抱きしめる許可が下りたらしい。
友達の距離にハグが追加された。
歯止めがきかなくなりそうでちょっと怖い。
秋さんが可愛すぎて好きすぎて、もう心の中が大変だった。
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