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幸せを守りたい✦side秋人✦1

「明日の迎え、十三時に変更な」    楽屋で帰り支度をしていると、榊さんがスケジュールの変更を伝えてきた。  明日は午前がオフになったらしい。 「あ、今日このあとって……」 「新曲の振り付けだな」 「……あ、そっか。そうだった」  じゃあドラマには間に合わないんだなぁ、とちょっと残念に思った。  明日の蓮の予定が大丈夫そうだったら、今日もドラマを一緒に観たかった。  もうあんなことにはならないだろうけど。期待してるわけじゃないけど。もちろん違うけど。  そうじゃなくて、ただ少しでも蓮と一緒にいたかった。  ドラマを口実にでも二人になりたかった。  だんだん欲張りになってきてるのを自覚している。  ため息をついて分かりやすく落ち込んでいたら、榊さんに笑われた。 「お前って」  拳を口許に当ててクックッと笑っている。 「……なんですか?」 「いや。そんな可愛かったんだなと思って」 「……は? どこがですか」 「無自覚だから余計にな」 「……榊さん。俺、蓮は好きだけど。榊さんはないですよ」 「はぁ? 勘違いするな。俺もお前はないよ。ネコ同士は無い」 「ネコ同士?」    ネコ? なんのことか分からず疑問符を浮かべていると、ふいにBLについて調べる過程で見た記憶を思い出した。  タチとネコ。ネコは確か受け側のことだ。え、俺って現実でも受けなの?  ていうか、榊さんって受けだったの? 「え、榊さん、攻め……タチじゃないの?」 「タチに見えたか」 「え、うん。背が高いし顔が……」 「怖いしな」 「り、凛々しいから」 「だから俺は、一人でいいんだ。こんなネコの需要はないからな」  どうってことないって感じで榊さんは言ったけど、その目が寂しいって訴えて見えた。諦めてる風でいて、どこか傷ついてるみたいに見える。  でも何も言ってあげる言葉が思いつかない。  榊さんが傷ついてるなら少しでも慰めたいのに、何も言ってあげられない自分が情けなかった。 「秋人。俺は気にしてないから、そんな顔するな」 「……でも」 「それより、神宮寺くんのスケジュール確認してこいよ。なにもリアルタイムじゃなくても、録画とか見逃し配信で一緒に観ればいいだろう」 「……あ、そうだ録画してた」  なんで思いつかなかったんだろう。 「……え、っていうか、なんで俺の考えてること分かったんですか?」 「顔にはっきりと書いてあった」 「そ、んなわけ……」 「それよりもお前、自分がネコってのは否定しないんだな」 「……え、あ、そんなの考えたことなかったっていうか。でも、蓮より俺のが小さいし……そうなのかも」 「それだけか?」  それだけじゃないかもしれない。  撮影の時の立ち位置がしっくりくるというか……。  蓮に迫られるとゾクゾクして動けなくなる、あの感じが気持ちの中にあって、俺から迫るのは何かが違う気がする。  俺はいつも撮影の時のように、蓮にしてほしいと思ってる。  抱きしめてほしい。  キスしてほしい。  抱いて……ほしい……かもしれない。  最後のは……わからないけど。 「……どっちにしても、考えるだけむなしい……かな。蓮と、どうにかなれるわけじゃないし」 「……悪かった。……ま、俺たちは無いってことだな」 「……うん。そう……みたいですね。なんか……ますます榊さんが近く感じて嬉しいです」 「ばーか。早く確認に行ってこい。帰っちまうぞ」 「ん、行ってくるっ」  慌てて部屋を出て、向かい側の蓮の楽屋前に立った。  ノックをしようとして手が止まる。 『ねえ、あの日秋人くんと何かあったでしょう?』    漏れ聞こえてきた言葉に、心臓がドクドクいって冷や汗が出た。  蓮が必死で否定しているのが聞こえる。 『全部白状しなさい』  あの日のことがバレた?  また盗み聞きになってしまう。聞いては駄目だと思うのに気になって仕方がない。  蓮が責められることじゃない。あれは全部俺が悪い。  もしものときは、俺が助けに入らなければと思った。 『あやしい。絶対何かあったでしょ。じゃなきゃ急に終わりにしたいなんて言わないよね?』  ……終わりにしたい? 何を……?   嫌な考えが頭の隅にチラついて、心臓が嫌な音を立てる。 『…………俺の気持ちは絶対に言えないから、これ以上期待しないでね』 『ええ! なんで? 言ってよ好きって。ずっと待ってるのに!』    頭を鈍器で殴られたようなショックが全身を貫いて、立っているのが苦しいほどのめまいが襲った。    なに今の。なんの会話……?  いやだ聞きたくない。    なんとか足を引きずるように踵を返して、震える手で自分の楽屋のドアを開けた。

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