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両想いのその先は……✦side蓮✦2

「……どうした?」  秋さんも異変に気づいたようで、立ち上がってこちらに来る。 「美月さんが来た。よく分かんないけど、なんか緊急事態だって……」 「緊急事態……?」    俺だけに関することなのか、秋さんも関係のあることなのか……。  不安になりながら美月さんの到着を待った。 「まさか、俺たちのことがバレたとかじゃねぇよな?」 「いや、まだバレる要素が全くないよね」 「ははっ。そりゃそうだ」  緊急事態っていったいなんだろうと考えてみたが、何も思い浮かばない。  なかなか到着しないので心配していると、今度はスマホに美月さんからの着信。  電話に出ると、こちらの言葉にかぶせるような勢いで言った。 『荷物、玄関前に置いといたからっ』 「えっ? 荷物? 緊急事態の話はどうなったんですか?」 『うん、たぶん緊急事態っ。健闘を祈る!』 「えっ? あ、ちょ…………切れちゃった……」  何がなにやら、さっぱり分からない。 「マネージャーは?」 「帰っちゃったみたい……」 「え?」 「なんか荷物置いてったって」  意味が分からないまま玄関を開けると、明らかにピザと分かる箱と、その上に口が折りたたまれた紙袋が置いてあった。  首を傾げながらそれを手に中に戻ると、秋さんが目をパチパチさせた。 「緊急事態って、ピザのこと?」 「何なんだろ……そういえば何も食べてなかったね。お腹空いた……」  テーブルにピザの箱を置いて、紙袋の中身を確認した。  中を見て一瞬固まって、俺は慌てて紙袋の口をグシャっと閉じる。 「なに、どした?」 「えっ! ……いや、別に……な、んでもなかった。これはっ。秋さんに関係ないやつっ」    サッと背中に隠して秋さんと少し距離をとって、慌てて笑顔で取りつくろう。  本当にあの人は、いったい何を考えてるんだろう。信じられない。こんなものを届けに来るなんて。  秋さんが、じっと俺を見る。冷や汗が出た。 「ふぅん、そっか。なあ、腹減ったしせっかくだからピザ食おっか」  秋さんが背を向けてピザの箱を開けたのを見て、ホッとした。 「……うん、食べようか」  とりあえず紙袋はどこに隠そうか、と部屋をキョロキョロしたとき、気を抜いていた俺の手から紙袋が奪われた。 「あっ!」 「お前、抜群の演技力どこに落としてきた? 下手くそすぎ。挙動不審すぎ」  そう言いながら俺から離れて、紙袋の口を開こうとする秋さんに、「見たら駄目!」と叫んで手を伸ばしたが間に合わなかった。  中を見てやっぱり一瞬固まって、秋さんが、ぶはっと吹き出した。 「これか、緊急事態っ! すっげーっ。感動っ」  ぶはっと何度も吹き出して笑って、中身を取り出す。 「出さなくていいからっ!」 「なんでだよ。ありがたく使わせてもらおうぜ」  秋さんの手の中で、存在を主張するゴムとローション。  直視できなくて、両手で顔をおおった。 「蓮のマネージャー、面白すぎな。マジ最高っ」 「……最高じゃないよ……もう……。ほんと何考えてるんだろう……」 「止められるどころか、お膳立てって。はぁ、おもしろっ」  秋さんは、しばらく笑いが止まらなかった。  ひとしきり笑って、ゴムとローションを置きに寝室に入って行った。  どうしたらいいんだろう。  準備が万端に整ってしまった。  心の準備がまだなのに。  寝室から戻ってきた秋さんは、俺を見て優しく微笑むと、ゆっくりと近づいて来てぎゅっと抱きついた。  俺は大袈裟なほど、ビクッと身体が震えた。 「蓮。無理、しなくていいよ」 「…………え」 「やっぱ抵抗あるんだろ、男とすんの。さっきから顔こわばりすぎ。…………お前ができると思うまで、待つよ。無理だったら……諦めるし」 「えっ! ち、違うよっ。秋さんっ」  秋さんの肩をつかんでグイッと身体を離して、秋さんと目線を合わせた。 「全然違うよっ。俺、秋さんとこんな風になれるなんて少しも思ってなかったから、まだ信じられなくて。秋さんを……その……抱く……って想像したら、夢みたいで、なんか怖くて……心の準備が……」 「……男と……ってのが、やっぱ無理とかじゃ、ねぇの?」 「ないよっ。台風の日だって、秋さんを抱きたくて必死に我慢したんだからっ」    あまりに必死で、言わなくてもいいことまで暴露してしまった。  秋さんはびっくりした顔で、頬を赤らめた。 「そう、だったのか?」 「…………そう、だったんです」  秋さんはすごくホッとした表情で、トンと俺の胸に倒れ込んだ。 「…………ビビらせんなよ……ばか……」  そう呟いて、腕を背中にまわしてぎゅっと抱きつく。  秋さんが可愛すぎる。なにこれ……どうしよう。  俺は、すごくすごく大切な宝物を胸の中に閉じ込めるように、優しく秋さんを抱きしめた。      

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