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実家に行く✦side蓮✦2
思わずビクッとなって恐る恐る顔を見ると、怒っていると思っていたお父さんは、なぜか眉を下げて困ったような顔をしていた。
お母さんは下を向いてしまって、お父さんはずっと困った顔で俺たちを見てる。
簡単に受け入れてもらえるなんて、もちろん思ってなかった。
俺は覚悟を決めて口を開いた。
「あの、僕たちは……男同士ですが、本当に真剣にお付き合いをしています。秋さんを一生大切にします。簡単な気持ちで結婚式を挙げたいと思っているわけではありません。だからどうか……僕たちのことを認めていただけないでしょうか」
勢いよく頭を下げた。挨拶なんてなにも考えてなかったから不安で仕方ない。変な言い方をしていなかっただろうか。少しでも伝わっただろうか。もう怖くて泣きそうだ。
ソロソロと顔を上げると、お父さんが眉を下げて困った顔のまま、テーブルをバンッと叩いた。
「君はなにを言ってるんだっ! 男同士で結婚なんてできるわけがないだろうっ! そんなことは許さんっ!」
そう怒鳴ったあとに、手をおさえて「痛たた……」と身をかがめた。
「え、あ、大丈夫ですか……?」
「……ああ、大丈……」
お父さんがふと表情をやわらげて俺を見て、大丈夫と言いかけた言葉を途中でやめた。
また眉を下げた困った顔をして「いま君とは話をしたくないっ!」と言われてしまった。
「す、すみません……」
お母さんを見ると、下を向いたまま肩を震わせていた。
泣かせてしまった……と青くなる。
お父さんは怒っているし、お母さんは泣いてしまったし、もうどうしたらいいのかわからない。
秋さんに助けを求めようと隣を見ると、秋さんも下を向いて肩を震わせている。
「あ、秋さん?」
俺の声にビクッと反応して、腕で顔を隠してしまった。
秋さんも泣いちゃうなんて、もう本当にどうしたらいいんだろう……。
「秋さん……大丈夫……?」
こんなに反対されるなんて思わなかったんだろうな……。
秋さんの背中をさすっているとお母さんの「ふふ」という声が聞こえて、思わずそちらを見た。
お母さんは下を向いたまま、「う……っ」と声をもらして両手で顔を覆った。
「ダメに……ダメに決まって……るでしょ。あなた達は男同士……なんだから。絶対に許しませんっ。…………ぶふっ」
と声を震わせて泣きながら怒る。
……でも最後のぶふってなんだろう?
「……あの」
とにかく、なんとか俺たちのことをわかってもらわなきゃ……。
なにも準備もできなくてどう説明すればいいのかわからないけど、自分の気持ちを伝えよう。
「あの……確かに僕たちは男同士です。正式な結婚も認められていません。……でも、僕は秋さんのことを本当に愛しています。こんなこと言っていいのかわかりませんが……僕はもしお二人に反対されても、秋さんを絶対にあきらめ――――」
「ぶふーーーっっ」
「…………え?」
「も、もうダメーーー!」
お母さんがソファに横になってお腹を抱えて笑いだした。
「えっ、おいおい、母さんっ、いくらなんでも早すぎだろう」
お父さんがおだやかな顔に戻って、一緒に笑いだす。
「ええー? もぉー。まだ始まったばっかだろぉ。全然ダメじゃーん」
秋さんがうなだれるようにソファの肘掛けに倒れ込んだ。
「そういう秋人だって笑ってたじゃないか」
「父さんの顔見て笑わない人いねぇって」
「なんでだ? どこかおかしかったか?」
え、え、え、なにこれ、どうなってるの?
意味もわからずポカンとしてしまう。
お父さんが俺の顔を見て「あ、ごめんごめん蓮くん」と笑った。
「母さん母さん、アレ出してアレ」
お父さんがお母さんの身体をゆすると、まだ笑いの止まらないお母さんが、ヒーヒー言いながらクッションの下から白い画用紙らしき物を取り出した。
「テッテレー!」
と俺に向けて画用紙が広げられた。そこにはカラーペンで装飾した可愛い文字で「ドッキリ大成功!!」と書かれていた。
「全然大成功じゃねぇしー。グダグダじゃーん」
「……え? え? ドッキリ?」
二人は楽しそうに笑ってるし、秋さんはうなだれてるし、まだ状況が把握出来ない。
ドッキリ大成功の紙はどう見てもお手製だし、でもなんでドッキリ……?
秋さんが身体を起こして俺を見つめた。
「蓮の告白最後まで聞きたかったのに……。母さんのバカ」
「なによぉ、自分だってずっと笑ってたじゃなーい」
「母さんの大根ぶりと父さんの顔のせいだろぉ」
「おいおい、ひどい言われようだな」
三人の柔らかな顔で、さっきまでピンと張り詰めていた糸が一瞬で切れたように、俺の中に安心感が広がった。
秋さんが俺の手をぎゅっと握ってきて、「えっ!」と焦って離そうとしたけど全然離れてくれない。
「蓮ごめんな。この二人がどうしてもやりたいって言うからさ」
「えっ、えっ?」
秋さんが考えたドッキリじゃないの?! と驚いて二人を見ると、「蓮くんごめんねぇ」と手を合わせて謝られた。
「……って秋さん、ちょっと手……離してっ」
「やだー」
さらにぎゅっと力強く握られた。
「やだもう二人可愛いっ。ずっと繋いでてっ。私たち以外誰も見てないから」
「なんだろうな、手を繋いでるくらいがちょうどいいんじゃないか? その方がしっくりくるぞ?」
「えっ、いや、そんなわけないですよね……?」
二人が優しい顔で楽しそうに笑った。
ドッキリは、本当に二人がやりたがったそうだ。
先日のドッキリを観て、このドッキリを二人が考えたと言うのでびっくりした。
お父さんが台本まで作っていて、ますます驚いた。
「……あれ? 台本に秋さんのセリフいっぱいあるよ? 結婚するってとこしか言ってない」
「だぁって二人が笑かすからさぁ。口開いたら絶対笑っちゃってたもん俺」
秋さんが肩を震わせていたのは、笑いをこらえていただけだったらしい。
「母さんのあの叫び声はひどすぎ。大根すぎだって。おゆうぎ会かよ」
「それよぉ。もう巻き戻してやり直したいっ! あそこはやっぱり驚いて声も出ないって演技の方が良かったのよっ。あー失敗したぁ」
「ほんとだよもー。自分の大根演技に自分でツボって笑ってんだもん」
はぁとため息をついて、でも可笑しそうに秋さんが笑う。
「でも秋人もひどかったわよっ。大事なセリフをポンポンポーンって。だから焦って叫んじゃったんだからっ」
「俺は台本通りだしー」
確かにあのときの秋さんは、俺も驚くくらいよどみなく結婚の報告をしていた。
「秋さん……タメは大事だよ?」
「…………だーっ! もーわかってるよっ。……だってなんか……想像より恥ずかったんだよ……っ」
「え? ドッキリなのに?」
「……だってお前、想像してみ? 親の前で初めて演技すんのもなんか恥ずいのに、結婚の報告だぞ? ドッキリとはいえ、ある意味本当に結婚の報告もかねてんだぞ? ……めっちゃ恥ずいだろ……」
頬をほんのり赤く染めた秋さんが、最後は消え入りそうな声で言った。
言われてみると、確かに恥ずかしいかも……と納得する。
あのときの秋さん、さらっと報告してたから、まさか照れてたなんて思いもしなかった。
「俺が一番まともだったな」
とお父さんが勝ち誇った顔をした。
「いや一番ダメだったでしょ」
「いや一番ダメだったろ」
秋さんとお母さんの声がそろう。
「なんでだよひどいな。どう考えても俺が一番頑張ったぞ?」
「いや父さんのあの顔はひどいっ。台本になんて書いてあった? 『鬼の形相で』って自分で書いておいてさーっ」
「鬼の形相だったろう?」
「どこがだよっ。もっかいやってみろよ鬼の形相」
秋さんにそう言われて、お父さんがまたさっきの眉を下げた困ったような顔をした。
「どうだ?」
「ぶふーーー!」
「ダメだ腹痛てぇー」
秋さんとお母さんがそれを見てお腹を抱えて笑いだした。
これが「鬼の形相」を表現してると思うと、さすがの俺も笑いがこらえきれない。
三人でお腹を抱えて笑った。
お父さんは、眉間にシワを寄せて睨みつけると、なぜか眉が下がって困った顔になってしまうらしい。
「こうか?」「じゃあこれは?」と何度やり直しても困った顔になって、三人でお腹がよじれるほど笑った。
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