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大晦日〜年越し✦side蓮✦終
「はぁー。もぉ、俺こんな幸せでいいのかなー……」
「俺も、本当に幸せ」
ぼんやりしてた頭がだんだんスッキリしてくる。
さっきまでの可愛い秋さんを絶対に忘れたくなくて、目を覚ました辺りからの記憶を必死で脳に刻み込んだ。
「……なぁ知ってる? 俺の相手役さぁ。最初は蓮じゃなくて、別の人で決まりかけてたんだぁ……」
「……え……そうだったの?」
「……ん。でも結局降板してさぁ。そのあとなかなか決まんなくってぇ。……だから、オファーの順番とか、ちょっとなんかズレてたらお前と共演もなかったかも……。そしたらこんな時間もなかったんだなぁって……。ほんと奇跡だよなぁ……」
「……そ……か……」
やっぱりなかなか決まらなくて俺に回ってきた役だったんだ。オファーの順番が違ったら別の人に決まっていたかもと思うと、背筋がゾッとした。もう秋さんのいない世界は想像もしたくない。
「……早く……結婚式してぇなぁ……」
俺もいつも思ってるけど言えなかったことを、秋さんが言った。
「指輪つけたい……。手つないでデートしたい……。みんなにお前のこと……ほんとは自慢したい……」
「秋さん……?」
秋さんの声がだんだんと涙声になってきた。俺の胸に顔をうずめた秋さんの頭にそっと手を乗せる。
「秋さん、泣いてる……?」
返事の代わりに、秋さんがぎゅっと抱きついてくる。
俺はそんな秋さんを、腕の中に閉じ込めて包み込んだ。
「秋さん……俺も秋さんと同じこといつも思ってるよ。同じだよ」
「……れん……」
秋さんがグスッと鼻をすする。
「…………なんで俺ら……隠さなきゃダメなんだろなぁ……」
「秋さん……」
酔っているからだとしても、普段言えずに我慢してる気持ちがあふれているんだと思うと、たまらなくなった。
秋さん泣かないで……。これ以上悲しまないで……。
秋さんの頭にキスをして優しく撫でながら、俺は静かに口を開いた。
「秋さん。あのね。事務所の先輩が先月結婚したんだけどね」
「……ん?」
「五年も隠し通したんだって」
秋さんがゆっくり顔を上げて俺を見る。
突然なに? という顔で秋さんが目をパチパチさせて、あふれた涙がポロッとこぼれ落ちた。
秋さんの頬を流れる涙を指で拭いながら、俺は話を続けた。
「相手の人は芸能人じゃないんだけどね」
「……事務所の先輩って田端さんだろ? 知ってるよ。共演したことある……」
「そう、その田端さんね。一度もちゃんとデートしたことなかったんだって。二人きりにならないように、いつも友達も誘って大勢で会って。五年間も、家でしかデート出来なかったんだって」
秋さんは驚いたように目をまたたいた。
「俺たちってさ。男同士だから一見友達だし、もうニコイチ宣言もしちゃったし、手はつなげないけど実はわりと自由に外でデートできるよね。ネズミーシー楽しかったよね」
「…………あれ……? え……ほんとだ……」
「男同士って、ちょっとお得じゃない?」
「……え……すげぇ……ほんとだ……」
秋さんの涙、止まったかな? 「すげぇ」をくり返して笑顔になったのを見て、よかった、と思わず顔がほころんだ。
見方を変えると、俺たちはすごく恵まれている。
芸能人の中に限って言えば、ではあるけれど。
「それに俺たち、もう一緒に住んでるしね?」
「……うわ。え、俺らってもしかして芸能人カップルで一番幸せじゃね……?」
「うん。でしょ?」
「俺の悩み一個なくなったーっ。すげぇっ」
「ふふ、よかった」
「れん……」
「うん?」
「ほんっと大好き……。うあー……もうめっちゃ好き。どうしよ……れん好きだぁー」
また秋さんが胸に顔をグリグリ始めた。
これ本当に可愛すぎてたまらない。
「俺の方がもっと大好きだからね?」
「うあー……俺ほんと幸せすぎるー」
「俺も幸せすぎるー」
口調を真似すると、秋さんはふはっと笑った。
そこで俺のスマホがうるさく鳴り出した。アラームだ。
「れん、起きろー朝だー」
秋さんが、ぺたぺたと俺の頬を撫でるようにたたく。
「はいはい。もう起きてるよ」
二人で顔を見合わせてクスクス笑った。
よかった。あのまま秋さんが泣いたままじゃなくて本当によかった。
「あ、そうだ。秋さんに大事な報告があったんだ」
「ん? なに?」
「実は姉さんにバレちゃったんだ」
「……ん? ……なにが?」
「俺たちのこと」
「…………え?」
まるで酔いが覚めたような顔で俺を凝視する秋さんに、チュッとキスをして身体を起こした。
「帰ったらゆっくり話すね」
「……は? おい蓮……」
「大丈夫。俺たちの味方だよ」
そう笑いかけると、秋さんはホッと息をついた。
「そ……か。よかったぁ……」
「おやすみ、秋さん。ゆっくり寝てね」
頭を撫でてベッドから降りる。
「……ん……おやすみぃ。……あ、お前の出番って何時からだっけ?」
「十三時過ぎだよ。アラームセットしようか?」
「わぉ……優しー俺のれんー」
「三十分前でいいかな……」
秋さんのスマホのアラームをセットして、枕元に置いた。
「秋さん、連休なにしたいか考えておいてね」
「……ん。れんもな」
初めての秋さんとの連休。もうそれだけで楽しみすぎて、なかなかやりたいことが決まらなかった。
「行ってきます」
「……ん。行ってらっしゃい……」
眠りに落ちそうな秋さんの唇にキスをした。
時間はいっぱいあるから、二人でゆっくり決めよう。
指輪はつけられないし手はつなげないけど、デートはできる。帰ってきたらイチャイチャもできる。
本当に幸せだ。
苦手な生放送も、今日はだけはなにも苦じゃなく乗り切れそうな自分に、現金だなと笑みがこぼれた。
「んぁ!」
俺が着替えていると、突然秋さんが声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「めっっちゃ忘れてたっっ!!」
「な、なに?」
ガバッと起き上がった秋さんが「れんれん」と俺を手まねきする。
そばに寄ってベッドに腰をかけると、秋さんが俺の手をぎゅうっとにぎって破顔した。
え? え? なになに?
「蓮、あけましておめでとぉーっ」
「……あっ」
そうだ、新年のあいさつ。秋さんに会ったらすぐに言おうと思っていたのに、あまりに可愛い秋さんに頭から吹っ飛んでしまった。
「秋さん、あけましておめでとうっ。今年もよろしくお願いしますっ」
俺は秋さんの手をぎゅっとにぎり返す。
すると満面の笑みで秋さんが言った。
「今年も、来年も、再来年も、ずーっとよろしくな、俺の蓮っ」
秋さんが、つないだ手を引いて俺をぎゅうっと抱きしめた。
本当に……反則すぎるほど秋さんが可愛い。
「ずーっと、よろしくお願いします……俺の秋さん」
「うあーやべぇー、めっちゃ幸せーっ」
来年も、再来年も、俺たちの新年のあいさつは、もうずっとこれにしよう。
今年もいい年になりますように。
end.
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