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嫉妬✦side秋人✦ 終

「あ、秋さん! 俺は秋さんだけだよ! あれは秋さんだと思って演じてるって、秋さんも知ってるよねっ?」 「だったらなんでカットかかっても切り替えねぇんだよ! それってもう雪村さんが好きだから――――」 「違うっ!」 「どう違うんだよっ!」  真っ青になって震える手で俺の腕を掴み、蓮は瞳いっぱいに涙を浮かべた。 「あ……秋さんだと思って演技すると、愛してるって気持ちがあふれて……カットがかかってもなかなか抜けきれなくて……。雪村さんがずっと秋さんに思えちゃって……だから……」  分かってるよ。ちゃんと分かってる。  でも、お前がもっとしっかり危機感持たないとダメなんだ。ごめんな。 「……雪村さん、もう本気でお前に落ちてるぞ」 「そんな……ことは……」 「ない? 本当に気づいてねぇの?」 「……」 「気づいてるだろ?」 「……今日、もしかしてって……思った」 「全部お前のせいだよ。分かってんのか?」 「……う、ん。……はい」  蓮の震えがひどくなっていく。俺の『別れる』って言葉が蓮を追い詰めてる。可哀想だとは思うけど、これくらい言わないと効果はない。  蓮の今後の俳優人生のためにも、ちゃんとさせなきゃダメなんだ。 「蓮。明日は迎え何時?」 「……明日は……午後から……」 「午後ね。じゃあそれまで特訓するぞ」 「……特訓?」  まだ血の気の引いた顔で、身体を震わせ聞いてくる。 「俺を雪村さんだと思って、気持ちを切り替える特訓」 「…………え?」 「俺の前で、その愛してるって瞳をしない訓練するぞ。それができれば、雪村さんの前でも大丈夫だろ?」 「……え……うん……大丈夫……? かも」 「明日までに絶対できるようにならなきゃ、もう一緒に住めないからな」 「ど、どうしてっ」 「だから、お前の熱愛発覚ニュースが出てカメラマンに追っかけられるからだろ。それが嫌なら特訓。分かった?」 「わ……」  蓮が、今にもこぼれそうな涙をこらえてる。 「わ、別れない?」  蓮はなんとかそう口にして、ぎゅっと唇を結ぶ。震える手で腕を強く握ってくる。 「蓮」 「……はい」 「愛してるよ、蓮」 「あ、秋さ……っ」 「そんな簡単に別れない。てか絶対別れないよ。だって俺たち夫夫だろ? 一生一緒に生きるって決めたろ?」 「あ、秋……さ……っ」  ぐしゃっと顔をゆがませ、嗚咽を漏らして泣き出した蓮を、優しく腕の中に包んで抱きしめる。 「もし特訓が上手くいっても、俺を想像してする演技はもうこれっきりにしろ。リスクが高すぎる。俺は、お前を失いたくない。一緒に住めなくなるなんて……絶対に嫌だ」 「お、俺も嫌だ……っ。絶対、もうしないっ。これからはちゃんと役作りで演技する……っ」 「うん。そうしてくれ。こんな嫉妬で苦しいの、もうほんと勘弁……」 「秋さん……っ」  俺の身体が折れそうなほど力強く抱きしめられた。 「ごめんなさい……秋さん……っ」 「ん……反省しろよな」 「はい……っ。ごめんなさい……っ」  気づくと、俺の頬にも涙が流れていた。  浮気をされたわけじゃないのに、同じくらいダメージを食らった気がする。  こんなに愛されてるのに、ごめんな、蓮。  ちょっとでも疑いそうになったりして……ごめん。 「じゃあ、特訓するけど……」 「はい。頑張ります」 「うん。……で、お前、唇洗った?」 「…………え?」  そっと身体を離して、蓮が目を瞬いた。 「唇、ちゃんと洗った?」 「え……っと、うん。シャワー入ったし、歯磨きもしたし……あ、洗ったよ?」 「なんだその曖昧な返事。ちゃんと唇洗いましたって言えないなら、もっかい洗ってこい」 「えっ」 「じゃないとキスしない」 「えっ! あ、洗ってきますっ!」 「ちゃんと石鹸でな」 「はいっ」  蓮は飛び跳ねるようにベッドから降りて走って行った。  それくらいちゃんとやれよ……バカ。  しばらくすると、ダダダッと足音が響いて蓮が戻ってくる。 「く、唇洗いましたっ」 「……よし。じゃあ特訓な」 「はいっ」 「そこ座って」  ベッドに腰掛ける俺の隣に蓮が座る。 「蓮……好きだよ。愛してる。もう一生離さないからな……」 「あ、秋さん……っ。うん、うん、一生離さない……っ」  蓮の首に腕を回し、引き寄せて唇を合わせた。  今日のキスシーンになんて負けないくらい、深くて濃厚なキス。  舌を絡ませ、濡れた音が寝室に響く。  そのままベッドに押し倒されそうなって、俺はグッと蓮の胸を押した。 「あ……秋さん」  紅潮した顔で、瞳いっぱいに愛してると訴えてくる蓮に、俺は声を張った。 「カーーーット!」  今日聞いた監督の声真似だ。  蓮は目が覚めたようにハッとして、でも、どうしたらいいのか分からないというようにオロオロする。   「はい。やり直し」 「え……もしかして今のが特訓……?」 「そうだよ。その熱い瞳がカットの声で消えるまで続けるぞ」 「え……そんな……やっぱり無理だよ。だって……秋さんは秋さんだもん……」 「俺の前で無理なら、雪村さんの前でも無理だろ?」 「そ……かも、だけど……」 「はい、もう一回」 「えっ、は……っ、ん……」  ふたたび深いキスをして、蓮の顔が紅潮してから顔を離す。   「カーーーット!」  「……ええぇ…………無理だよ……。もう少し軽めのキスで……」 「そんなキスじゃ簡単だろ。特訓にならない。はい、やり直し」  半べそになりながら、特訓は朝まで続いた。 「成功しなかったら、明日から別々の家だぞ」  途中でそう脅すと、蓮は急にやる気をみせた。  俺だって別々に暮らすなんて絶対嫌だ。ちゃんと克服してもらわないと本当に困る。  なんとか成功か、という状態まで完成して、ホッとした蓮の電池が切れた。……まぁ、昼に起こせば間に合うだろう。  本当に手のかかる夫だな……。  いつもの自分を棚に上げて、俺はそんなことを思った。    蓮のドラマは、今季ドラマの最高視聴率で幕を閉じた。  もちろん熱愛発覚のニュースにはならず、雪村さんの気持ちの真相も分からないままだ。でも、それでいい。一時の気の迷いで終わってくれるのが一番だ。   「秋さん」 「ん?」 「次のドラマなんだけど……」 「うん。また恋愛ドラマか?」 「……うん。今度は、秋さんを想像しないでできるようにまた特訓する。あの特訓を忘れないうちに、挑戦したいんだ」 「うん。いいんじゃね? 頑張れよ」 「ありがとう、秋さん」 「そのかわりさ、今日は俺のわがままいっぱい聞いて」 「うんっ。なに? どんなわがまま?」 「お前の愛してるって瞳見ながら、たっぷり抱かれたい」 「そんなの、もちろん喜んでっ」    両手を広げる蓮に抱きついて、コアラ抱きで寝室に向かう。  俺を想像しないで演技をする蓮には、また別の種類の嫉妬をしちゃいそうだ。  俺も、嫉妬に慣れる訓練しないとな……。  今回のドラマを何回観れば特訓に成功するだろう。  俺はまだ、蓮のキスシーンをテレビでは観ていない。  次の休みは特訓という名の一人鑑賞会を開いて、ドラマをぶっ通しで観ることにした。  蓮には絶対に負けられないからな。 end.     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇    リクエスト『秋人が蓮のロケ(スタジオに変更)を見に行って嫉妬する』ありがとうございましたꕤ*.゜  

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