172 / 173
嫉妬 おまけ♡
✦side秋人✦
朝、蓮を見送って一人になった俺だけの休日。
覚悟を決めてソファに座り、リモコンを操作してドラマを流す。
観るのをやめたキスシーンの回からにしようかと思ったが、それはちょっと心臓に悪いな……と、やっぱり一話目から流すことにする。
「蓮……カッコイイな……」
ソファで膝を抱えてうずくまるようにドラマを観る。
俺はいつものワンコの蓮が大好きだ。でも、この男らしい蓮には無駄に心臓が跳ね上がる。蓮なのに蓮じゃない。無駄にカッコイイ。みんなが蓮を見てカッコイイと思っているんだろうと想像すると、どうしてか怖くて心臓が跳ね上がる。
誰も蓮のカッコ良さになんか気づかなければいいと思ってしまう。
でも、それじゃあまるで人気が出なきゃいいって言ってるようなもんだよな……。
芸能人としての蓮を応援してるはずなのに、俺の思考は矛盾してる。
蓮の瞳がだんだんと甘くなってくる。それにつれて、雪村さんの瞳にも熱が帯びてくる。これはドラマだ。わかっているのに、カットがかかったあとも見つめ合っていた二人を思い出して胸が苦しい。
……なんて言ってられないな。これは特訓。嫉妬に慣れる特訓なんだ。
とうとうキスシーンの回が始まった。スタジオで直接観たんだ。大丈夫。大丈夫だ。
そう思ったのに、何度も目をそらしそうになって、泣きそうになって、苦しくなって、一回目のキスシーンがやっと終わった。
これがあと二回もあるのか……と絶望的になる。
なんとか特訓をクリアして乗り切らないと、次のドラマなんかもう観られないだろう。それは嫌だ。
頑張ってる蓮を、新しいことに挑戦する蓮を、俺はいつでも見ていたいんだ。
二回目のキスシーンは、観終わるとクッションに顔をうずめて動けなくなった。
三回目のキスシーンは、テレビを消してベッドにもぐった。
こんなんじゃダメだな……。濡れた枕に情けなくなってため息が漏れる。
重い身体を起こしてリビングに戻り、もう一度キスシーンだけを繰り返して観ることにした。
蓮だって特訓に成功したんだ。俺もちゃんと成功させないと……。
✦side蓮✦
「ただいまー」
玄関で靴を脱ぎリビングに向かおうとすると、寝室のドアが開いて秋さんが出てきた。
「秋さん、ただいま。……えっ、どうしたのっ?」
泣きはらした目で憔悴し切った秋さんに驚いて駆け寄ると、俺に倒れ込むように身を預けてくる。
「蓮……」
「秋さん、どうしたの? 何があったの?」
「蓮……キスして……」
「え? キス?」
こんなに弱ってボロボロになって、キス?
「なぁ……キスして……たのむ……」
「たのむって、いつも帰ってきたらキスするでしょ?」
「……ん……じゃあして」
キスしてって言いながらも、胸に顔をうずめて動かない秋さんが心配でたまらない。
「秋さん……」
頬に手を添えると、秋さんはゆっくりと顔を上げ、瞳いっぱいに涙をためて俺を見つめてくる。
本当に何があったの……?
頬を両手で優しく包み込み唇を合わせると、秋さんの唇が震えた。
「……ン、……れん……おれの……」
秋さんの頬を涙が伝った。
うなじを抑えられ、キスがどんどん深くなる。
これは本気のキスだ。『ただいま』のキスでベッドに流れることはあるけれど、それはただ甘える可愛い秋さんだったり、激しいのを求める秋さんだ。
「れ……ん、……おれの…………」
こんなに弱ってる秋さん、心配すぎてどうしたらいいのか分からない。
秋さんが切なげに吐息を漏らして唇を離し『ベッド行こう?』と瞳で訴えてきた。
でも、ベッドに連れていかれる前に、ちゃんと話を聞いてあげたい。
俺が両手を広げると、また泣きそうに顔をゆがめてぎゅっと抱きつき、コアラ抱きになる。
背中を優しく撫でながら、寝室ではなくリビングに向かうと「え、なんで……」と秋さんが声を震わせた。
「秋さん、何があったのかちゃんと聞かせて?」
「いいから……先に抱けよ……。抱いてほしいって分かったろ……?」
「うん。でも、その前にちゃんと聞かせて? 秋さんが心配すぎて集中できそうにないから」
俺は秋さんをコアラ抱きにしたままソファに座り「何があったの?」と問いかける。
「秋さん……大丈夫?」
首元に顔をうずめたまま動かない秋さんの背中を優しく撫で、話してくれるのを待った。
しばらくして、グズグズと鼻を鳴らしながら秋さんの消え入りそうな声が聞こえた。
「ごめ……ん、蓮……」
「え?」
謝られるとは思ってなくて思わず聞き返す。
「ごめんって、何?」
秋さんが、さらにぎゅっと強く抱きしめてくる。
「……お前に……偉そうなこと言っておいて、……俺はダメだった……」
「え……っと、何がダメだったの? なんの話?」
「お前は……ちゃんと特訓して成功したのに……俺はダメだったんだ……。絶対無理だ……ごめん蓮……」
特訓って、気持ちを切り替える特訓のこと?
あれはそうしないと絶対にダメだったから必死で特訓した。成功して克服はしたけど、そもそも秋さんを想像して演技することが間違っていたから必要な特訓だった。
「秋さんの特訓って何?」
秋さんに必要な特訓って何?
ぐるぐる考えても何も思い浮かばない。
なんの特訓?
「お前の……」
「俺の?」
「お前のキスシーン……嫉妬しないで観る……特訓……」
「……えっ?」
「でもそんなの無理だから、嫉妬に慣れる特訓……したんだ。……無理だったけど……」
嫉妬に慣れる特訓……というか、そもそも嫉妬って慣れるものなの?
秋さんは、小さな声でポツポツと話してくれた。
「キスシーンだけ何度も観たんだけどさ……」
あれを何度も観たのっ?
「全然……慣れねぇんだ。慣れるどころか、どんどん嫉妬でいっぱいになって……。もう……気が変になりそうだった……」
「秋さん……」
「……ごめんな。お前にはあんな偉そうなこと言ったのに……俺のほうがダメダメだった……」
ん"ん"ん"……っ。
変なうめき声が出そうになる。
これはもう……大好き大好き大好きって言われてるようなものだ。思いもよらない変化球を食らって倒れそうになった……。
「ねぇ、秋さん」
「……うん」
「今は、少し落ち着いた?」
背中をそっと撫でてから、ぎゅっと抱きしめる。
「俺とキスして、こうして抱き合ったら、ちょっとは落ち着いた?」
「……ん……落ち着いた」
「もう、大丈夫?」
「……大丈夫、では……ない。全然……。ダメージ強すぎて……もうダメ」
ダメージが強すぎたのは、きっといっぺんにまとめて何度も観たからだ。
「あのね秋さん。キスシーンに慣れる必要はないと思うんだ」
「なんで……。だって蓮のドラマちゃんと全部観たいもん。慣れなきゃ観れねぇじゃん……」
「今日みたいにさ、無理して一人で観るからダメなんだよ。俺と一緒に、毎週一話づつ観れば大丈夫じゃない? こうやってすぐ抱きしめてあげられるし、キスもできる。すぐ落ち着けるでしょ?」
そう伝えて秋さんの返事を待つ。
……あれ、ダメだった? そう思い始めたころ、俺に抱きつく腕が少しづつゆるんで、秋さんがゆっくりと顔を上げた。
ちょっとびっくりした顔で目を瞬く。
「……そ……」
「そ?」
「そう……かも……。あれ……?」
「ね、そうでしょ?」
「そ……っか。そうだよな?」
「俺だってさ。秋さんのキスシーンなんかまとめて見たら死んじゃうよ……。想像だけで死んじゃう」
「そうだろ? 俺……マジで死んだもん……」
秋さんがまた切なげに顔をゆがめ、唇に軽くキスを落としてから俺をぎゅっと抱きしめる。
「蓮……愛してる。すげぇ愛してる。死ぬほど愛してる。もう……ほんと身に染みた……。愛してるよ……蓮」
耳元で何度も『愛してる』とささやかれて、幸福感に溺れそうになった。
「幸せすぎて……死んじゃいそう……」
死ぬほど愛してる人に愛してもらえる……これ以上に最高な幸せはない。
「俺も……死ぬほど愛してる。秋さん」
「蓮……」
「秋さん、ぎゅって掴まって」
「ん……」
秋さんは「なんで?」とは聞かない。俺たちはいつもコアラ抱きをするときはお互いに通じ合う。
秋さんを抱き上げ、寝室に向かった。
「蓮……ゆっくりがいい」
「俺も、そうしようと思ってた」
優しい口付けから始まって、俺たちはゆっくりゆっくり繋がり愛し合う。心と身体を重ね合いながら、何度も愛をささやいた。
俺の特訓はこれからも続くけれど、秋さんの特訓は今日で終わり。
今後はキスシーンだけじゃなくベッドシーンだってあるかもしれない。それでも、二人で一緒に乗り越えていく。もう秋さんを一人では泣かせない。秋さんが泣くときは俺の腕の中だ。
「愛してる……おれの……れん……」
「うん、愛してる、俺の秋さん」
この幸せな瞬間が永遠に続けばいい。
そんなことを思いながら、俺たちは幸せに包まれた。
end.
ともだちにシェアしよう!