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#3「あのこと」 ③
「…っ!」
あの動画もそうだった。手首を拘束され、アイマスクで目を塞がれ、雨宮の名前を呼びながら喘いでいる遥ちゃんの姿。それが、今のこの雨宮の状況と非常に酷使している。というかこの拘束具自体、あの時使われていた物じゃないのか…? それをこいつ、わかっててわざと…?
「わざとか?」
「ええ?」
「わざとだろ。なぁ。あの遥ちゃんの動画で使ってたのと同じ物持って来て、わざと思い出させようとしてるんだろ? わざと髪も切らずに遥ちゃんに見た目似せてるのか?」
「…は? そこまで考えてるわけないじゃん、偶然だよ。元々泉くんに拘束プレイして欲しいなって思ってたし」
「今日、俺が遥ちゃんと話してるのを見てたから…、嫌がらせの為だろ? なあ、こんなことして楽しいか?」
目を隠している雨宮のアイマスクを剥ぎ取るように外す。
「違うってばぁ、被害妄想甚だしいって。…あの動画も、写真も、全部消したし。悪用も一切してないから。もう良いじゃん。もう許してよ」
「…お前の言うことなんか信用できるかよ」
「本当だって! しつこいなぁ。じゃあそこまで言うなら、動画サイトなり掲示板なりSNSなりで探してくれば良いじゃん。ネットに上げたりとか本当にしてないから。万が一見つかりでもしたら、その時は遥ちゃんと被害届出すとかして僕を警察にでも突き出せば?」
話の論点がズレている。俺が何故怒っているのか、雨宮は理解出来ていないようだ。
「…あの動画や写真が最終的にどうなったにしろ、お前がやったことはただでは済まされない。お前が無自覚なだけで、相当ヤバいことをしでかしたんだよ、お前は。 遥ちゃんにバレてないから別に良いとか、そういう問題じゃない。何で俺がこんなに怒ってるのかもどうせ理解してないだろ?」
「はいはい、相変わらずお人好しの偽善者だね。ただの女子一人の人生がハメ撮りによってどうなったって、泉くんには関係ないことだよ」
「……は?」
雨宮の倫理観の無い無神経な発言に、頭に血が昇るような感覚がした。
「お前のそういうとこが本当にムカつくんだよ!」
首紐を思い切り引っ張り、雨宮の体制を無理矢理後ろ向きに変える。紐を後ろに引っ張った状態で、雨宮の首が締まるのもお構いなしで再度アナルへ挿入し、乱暴に腰を振り始める。
「女子一人の人生がどうなったって関係ない…? どうしてお前が人の人生をどうこう言えるんだよ」
「あっ、泉くんっ…!」
「お前は倫理観や道徳心みたいなものを捨てて、何かと人を偽善者扱いしたりして周りを冷笑してるつもりだけど、そういうのが一番ダサい。人に危害加えてる時点でお前の人生の方がよっぽどどうでもいいよ」
「あっ、あうっ、ぐっ、くるしっ」
「聞いてんのか? おい」
「ううううっ」
「お前その減らず口マジで直せよ。このままじゃいつかお前を殺しかねない…」
首紐を手から離すと、雨宮は頭を下げ、また苦しそうに咳き込んだ。
「…やっぱ相当好きなんじゃん、遥ちゃんのこと…」
「当たり前だろ。比べるまでもないが、お前なんかよりよっぽど良い人だから」
「…泉くんと同じ、偽善者かもしれない」
「お前なんかより偽善者の方が百倍マシだよ」
「…僕のこと、嫌い?」
「好きとか嫌いとか、そういう問題じゃねえな、最早。お前のそういうとこ、マジで直さないと誰もお前の事なんか相手にしなくなるよ」
「…泉くんだけ僕の相手してくれれば、それで…」
「じゃあ俺が怒るような事わざわざしないでくれない?」
先程までの威勢はどこへやら。雨宮は声を震わし、目には少し涙を浮かべている。強気なのか弱気なのか、本当にわからない奴だな。
「…さっき、僕の人生の方がどうでもいいって…、泉くん言ってたけど。そのどうでもいい人生に泉くんも関わってるんだよ? 僕の人生は泉くんしかいないよ。お願い、僕を否定しないでよ」
「…俺も否定したくてしてるわけじゃない。好きで冷たくしてるわけでもない。お前みたいな不誠実な人間に、誠実に接するのは只々精神を摩耗するだけだってわかったからだよ」
「………」
雨宮は俺を見つめながら、大粒の涙を流し始めた。
「ごめん、僕って本当にバカだよね? 泉くん以外、ホントにどうでもよくてさ。泉くんだけ、泉くんだけ考えてれば、それでいいかなって思ってたの。泉くんにいっぱい尽くしてるつもりだったから」
「…そんな泣いてるのも、どうせ演技だろ。お前はそういう人間だからな」
「そういう人間って何…? 泉くん、僕が遥ちゃんのこと悪く言ったら怒るじゃん。なのに泉くんは僕のこと貶してもいいの? 遥ちゃんはダメで僕はいいってどういうこと…?」
…こんな奴でも、一丁前に傷つくんだな。
「自分の気持ちを理解してほしいんだったら、相手の気持ちも理解しようとすることだな」
「わかった、わかったから…。もうあんなこと二度としないし、誰も馬鹿にしたりしないよ…」
…なんだか、こいつらしくないな。こんなに泣いて俺に悲願するくらいなら、最初から良識ある行動なんて出来るはずだろ。ただ単に精神的に子供なだけなのか…?
「…俺は本当に、お前がやったような非常識な行動が許せない人間だから。お前はお人好しだ偽善者だって馬鹿にするけど、さっきも言ったが偽善の方がマシ。これだけは本当に譲れない。これが守れないんだったら、俺の前から消えてもらう。俺と一緒にいるってことは、そういうことだからな」
「うん、わかった。わかったよ…。ごめんね、泉くん…」
俺は激昂、雨宮は号泣し、とてもじゃないがプレイの続きはできない雰囲気だったので、雨宮の拘束具を全て外してやった。
時計を見ると、午後九時半を回っていた。
「…どうする? もう帰るか?」
「…やだ、泊まる…」
「はあ?」
「お願い。このまま僕が帰ったら、なんかもう…この先泉くんと永遠に会えなくなるような気がする」
「何言ってんだよお前…」
「お願い、いいでしょ? 大人しくしてるよ。もう寝るだけだから…」
仕方無く了承し、雨宮にシャワーを貸してやった。自分も風呂から上がると、時刻はすでに十一時を超えていた。
シングルベッドに二人、並んで寝る。ベッドに二人は狭いから俺は床で寝るというと、雨宮は一緒にベッドで寝たいと言って聞かなかった。
仰向けで寝ている俺の方へ身体を向けて寝ている雨宮。今夜の雨宮は普段と違い、えらく大人しかった。当然だ。あれだけ人に叱られたら威勢がなくなるのが普通だ。
流石にもう寝ただろうと思っていたが、突如、小さく啜り泣くような声が聞こえてきた。
「ごめん、ごめんね、泉くんごめん」
…あれだけ泣いたのに、また泣いているのか。不安で怯えている子供のように、小さく震えながら嗚咽を漏らしている。
(泉くんは僕のこと貶してもいいの? 遥ちゃんはダメで僕はいいってどういうこと…?)
雨宮の言葉が脳裏に浮かび上がった。…俺も少し言いすぎたか。
雨宮の言動や態度を許せる気はしないが、だからといって人格否定までしていい理由にはならない。俺も頭に血が上り、感情的になりすぎていたかもしれない。それで雨宮を怖がらせ、不安にさせたのなら俺にだって落ち度はある。
雨宮の人生には何故か俺が必要らしい。こんな俺なのに、なんでこんなに必要としているんだ、こいつは…。
………
身体の向きを変え、啜り泣く雨宮を抱きしめた。
「えっ、泉くん…?」
「…」
「起きてるの…?」
返事はせず、寝たふりをした。
雨宮がまた小さく鼻をすすった音だけが聞こえた。
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