18 / 40

#4「迷惑じゃなければ」 ①

 七月が終わり、八月に突入した。夏休みの真っ只中だ。  俺はこの夏休みを有効活用しようと思い、二週間程度の短期バイトを始めた。倉庫内の荷物の仕分け業務だ。ベルトコンベアで流れて来る荷物を注視しながら、指定された荷物を手に取り、種類別で仕分けしていく。  俺以外にも求人を見て働きに来たバイトのメンバーは大勢いるが、基本的に皆作業をこなすことしかせず、これといったコミュニケーションや雑談等は無く、会話は必要最低限のものだ。  今日でバイトを始めて五日が経った。大分作業にも慣れてきて、バイト初日ほどの緊張感は薄まっていた。実働八時間の二週間勤務でその間に休日は無く、身体も気も休まらないが、あと数日間の辛抱だ。  昼休憩に入り、支給された弁当を休憩室で食べる。俺以外にも休憩室にいる人は何名もいるが、各々スマホを見ていたり、備え付けのテレビを見ていたりと、人同士で会話をしている人は誰もいない。  弁当を食べ終わり、時計を見ると時刻は午後一時半。休憩終了にはまだまだ時間がある。暇を潰すため、スマホで動画を見るために無線のイヤホンを接続しようとした。  ケースからイヤホンを取り出すと手元が滑り、片方のイヤホンを落としてしまった。拾おうとすると、近くに座っていた女性がイヤホンを拾いあげ、俺に手渡してくれた。 「あっ、ありがとうございます」 「いえいえ。よく落としちゃうよね、このタイプのイヤホン。私も持ってるよ」  そう言って俺と物と同じようなイヤホンを見せてきた。 「あ、ああ…いいっすよね、コレ」  急に知らない人にフレンドリーに話しかけられると、女性でも男性でも多少動揺してしまう。手渡されたイヤホンを耳に装着し、会話はそこで終了した。  昼休憩が終わり、業務時間は残り半分。  作業をしていると、どこに仕分ければいいのかわからない荷物を手にしてしまった。仕方無く誰かに尋ねることにしたが、誰ともろくに会話をしたことがなく、どうも話しかけづらい。  ネームプレートをつけている社員のような人も取り込み中で、今話し掛けるのは気が引けてしまう。 「どうかしたの?」  荷物を手にしたまま悩んでいる俺に、先程休憩室でイヤホンを拾ってくれた女性が声を掛けてくれた。 「あ、えっと、その、この荷物なんですが…」 「あ、それならそこに置けばいいよ」慣れた様子で場所を教えてくれた。 「ありがとうございます。助かりました」 「どういたしまして。君、さっきの人だよね?」 「あ、ああ、先程はどうも…」 「このバイト初めての人? 前回はいなかったよね?」 「そうです、今回が初めてで…」 「私結構このバイト始めて長いから、何かわからないことあったら遠慮せず聞きに来ていいよ」 「あ、ありがとうございます…。助かります」  一通り会話を終えると、女性は元の持ち場へ戻って行った。  見た所、自分よりも年上の女性のようだ。誰も知り合いがいない中、気さくに話しかけて来てくれる人がいるのは心強い。初対面の人にはどう接していいのかわからず、俺からは大した会話はできないが…。         ◆  今日の業務が終了した。タイムカードを切り、現場を後にした。バイト先は家から一駅ほどの所で、通勤時間はそこまで掛からない。    家に着くと、スウェットを着た雨宮がベッドの上に寝転がっていた。 「あ、泉くんお帰り」  雨宮との同棲が始まって数日経ったが、特にこれといって雨宮がバイトを探すために行動している様子は伺えない。 「お前、今日は何かしたか?」 「何かって?」  スマホをいじりながら片手間に返事をする雨宮。 「だから、求人探したりとか面接行ったりとか…」 「洗濯機まわしといたよ」 「それはありがとう。…それだけ?」 「うん」 「お前仕事探す気あるのか?」 「あるよ〜。今求人サイト見てたからさ」 「早いとこ見つけてくれよ。…てかお前、部屋散らかしすぎだろ! ふざけんなよ」 「え〜?」 「食ったもの片付けろ、脱いだものカゴに入れろ、ゴミをその辺に捨てるな」 「はいはい、今片づけるよ」そう言って気怠げに片付けを始めた。  俺がバイトに行っている間雨宮が留守番をしているが、いつ見てもダラダラとしていて仕事探しをしているようには見えない。夏休み中にバイトを始めるという条件で住まわせているが、完全に俺に甘えきっている。 「お前な、俺ん家で怠けてるだけなら帰ってもらうぞ」 「帰る家なんてないもん。大丈夫だって、明日早速バイトしてくるよ」 「え、本当か?」 「単発だけど、日当いいやつ」 「どんなバイトだ?」 「うーん…わかんない」 「わかんないってなんだよ。業務内容知らないのにバイトしに行くのか?」 「大丈夫だから気にしないでよ。バイトしてこれば文句ないんでしょ?」  何故か具体的なことを言おうとしない雨宮。いつも通り何か嫌な予感がするが、不必要に咎めることをやめておいた。  夕飯を摂り、風呂を済ませ、時刻は午後十時。明日も朝早くからバイトだ。普段よりも早くベッドに入ると、スマホをいじっていた雨宮もベッドの中に潜り込んできた。 「明日も朝からバイト?」 「うん。来週まではずっとだよ」 「泉くんと一緒に住んでるはずなのに、泉くんがずっと家にいないから僕寂しい…。 連絡も全然してこないし」 「仕方無いだろ。お前も早いとこ働け」 「わかってるよー…」  いつものように俺の方を向きながら寝る雨宮。俺は仰向けのまま目を閉じた。         ◆  就寝して数時間後、ベッドの中に何か違和感があり、目が覚めた。  寝ぼけた状態では、何が起きているのかわからない。部屋が少し明るくなっているのを見ると、明け方くらいの時間帯になっていることがわかった。  布団の下あたりが大きく膨らんでいることに気が付き、布団をめくるとそこには雨宮が潜り込んでいた。 「…おい、何やってんだよ…」 「あ、おはよう」  雨宮が俺の下腹部にしゃがみこみ、ズボンに手をかけて性器を触り始めた。 「おい、やめろバカ、何してんだよ」 「泉くん、最近バイト忙しくて抜いてなかったでしょ? 夜もすぐに寝ちゃって僕の相手してくれないし」  勝手にフェラを始める雨宮。寝起きでろくに思考が回らず、抵抗する事ができない。 「やめろって、雨宮、おい」 「今やめたら辛いだけでしょ。めちゃめちゃ硬くなってるよ?」  そういって喉の奥まで咥える雨宮。そのまま雨宮に身を委ね、雨宮の口の中に射精した。口に含んだ精液をゴクリと飲み込むと、雨宮が満足そうに笑った。 「おはようフェラ、どうだった? 気持ちよかった?」 「…朝から何やってんだよお前…」  時計を見ると六時五十分。バイトに行く準備をするために風呂へ向かう。一通り準備を終えても、雨宮はベッドの上から動く様子はない。 「…お前も今日バイトがあるんじゃないのか?」 「うん、あるよ。昼頃から」 「…じゃあ、お前に鍵預けとくから。閉め忘れたり無くしたりするなよ」 「はぁい。いってらっしゃい」  ベッドの上で手を振り見送る雨宮を背に、荷物を持って家の外へ出た。         ◆ 「ねえねえ、君名前なんていうの?」  バイトの昼休憩中、昨日話しかけてきてくれた女性が、今日もまた俺に声を掛けにきてくれた。 「え、えっと、泉です」 「泉くんね。私は小波(こなみ)。よろしくね」 「はい、宜しくお願いします…」  茶髪にパーマのかかったポニーテールの綺麗な女性。軽作業のバイトなのに爪には可愛らしいネイルが施されており、指輪やピアスなどのアクセサリーをいくつか身につけていた。ジャージ姿だが化粧もしっかりしており、普段はおしゃれな女性なんだろうと想像することができる。 「泉くん、大学生?」 「はい、今夏休み中で」 「そうなんだ。大学生って忙しそうだけど、バイトもしてるなんて偉いね〜」 「いや、夏休みは特に何もすることないですよ」 「えーじゃあ、本当に只々長いお休みなんだ。いいなー羨ましい。私高卒だから、大学生活とか憧れちゃうな」 「そ、そうなんですね」 「うん。泉くんって今いくつなの?」 「二十歳です。今一年だけど、二年浪人してるんで」 「へー。じゃあ私より六個も年下なんだね」 「え、二六歳ですか? 見えないです」 「ほんと? いくつくらいだと思ってた?」 「えっと…二五とか」 「そんな変わんないじゃん」  俺に話しかけてきてくれる女性は、何気ない会話でも笑って聞いてくれる。人見知りな俺にはその気さくさがとてもありがたい。 「泉くんモテそうだよね〜。彼女いるの?」 「…!? いや、いないです」  急な踏み込んだ会話に動揺してしまった。気さくなのはありがたいとはいえ、会って少ししか経っていない相手にそこまで踏み込まれると少し困惑する。 「えーっ、そうなんだ! 意外〜」  …彼女がいないのは事実。だが、俺には人に説明しづらい妙な関係性の雨宮という男がいる。…まあ、あいつのことは誰に話しても混乱を招くだけだろうし、話す必要はないだろう。 「あ、もう昼休憩終わるじゃん。戻ろっか」  そういって席を立つ小波さん。俺も後を追うように席を立ち、作業場に戻った。

ともだちにシェアしよう!