20 / 40
#4「迷惑じゃなければ」 ③
週末。今日でこのバイトも最終日だ。最終日だからといって何か特別なことがあるわけでもなく、いつも通り業務が終わった。
社員の方から給与についての説明を改めて受け、帰宅しようとしたその時。
「あ、泉くん、お疲れ〜」
先輩の小波さんが話しかけてきた。
「小波さん、お疲れ様です」
「二週間頑張ったね。またこのバイトの募集始まったら来る?」
「あ、はい。ぜひやりたいです」
小波さんとは期間中ずっと話し相手になって貰っていて、知り合った当初よりも随分打ち解けていた。
「そんでさ、泉くん。このあと何か予定あったりする?」
「あ、いえ。特には…」
「ほんと? だったらさ、私とこれから飲みに行かない?」
「えっ!?」
「私奢るからさ。迷惑じゃなければ」
「いや、迷惑なんてことは…!」
「じゃあ駅前の居酒屋行こうよ。てかお酒飲めるの?」
「あ、はい、少しは…」
普段あまり酒は飲まないが、小波さんの勢いに押され、断り切ることができない。
…そもそも、そこまで嫌な気はしない。寧ろ誘って貰えて嬉しいくらいだ。奢ると言ってくれているし、業務中ずっとお世話になっていた人だ。飲みくらい付き合わなければ悪いと思い、小波さんと一緒に居酒屋に行く事にした。
居酒屋のテーブル席に向かい合って座った。ささやかな打ち上げのようだ。
奢ってあげると言われたがやはり遠慮してしまう俺に、気にせずに好きなものを頼んでいいと小波さんは言ってくれた。
久しぶりに酒を飲み、飲酒耐性の無い身体にアルコールが回る。
小波さんと仕事の話をしたり、俺の大学の話などを聞いて貰ったり。他愛の無い話でもしっかり聞いて会話を広げてくれる小波さんと話していると、時間が早く流れて行くのを感じた。
…結構飲んだな。酔いが回り、眠気が俺を襲う。小波さんは酒に慣れているようで、酔い潰れてしまった俺を心配してくれた。会計を済ませ、居酒屋を後にする。
「…泉くん、この後どうする? 辛そうだけど大丈夫?」
「うーん…」
小波さんの声が聞こえているようで聞こえていない、そんな朦朧とした状態。
「…少し、休もっか」
「…はい…」
到着したのは知らない建物の前。
「泉くん、ここでいい?」
「うーん…」
ここでいいとかそれ以前に、そこがどこなのかもわからない。まともに思考ができない。とりあえず早く横になりたい…。
◆
気が付くと、俺はベッドで横になっていた。
起き上がると、換気扇の下で煙草を吸っている小波さんが目に入った。
「あ、やっと起きた」
「…えっと、ここどこですか?」
「覚えてないの?」
「はい…」
辺りを見回すと、ツインベッドの前に大きめのテレビが設置されていた。そこに映し出されていたのは、一般的なテレビとは一風変わった、メニュー選択のような画面だった。いくつか項目があり、洋画、邦画、ドラマ、バラエティ…そして「アダルト」の項目。
「え? もしかしてここって…」
「ラブホだけど。来た事ない?」
「えっ、えええっ!? ラブホ…!?」
知らぬ間に女性とラブホテルに来てしまっていた。当然、人生初のラブホテルだ。
「泉くん、めちゃくちゃ酔っててしんどそうだったからさ。休めるとこ行こうと思って。迷惑だった?」
「あ、いえ、その…ありがとうございます…」
「もう気分悪くない?」
「はい、随分マシにはなりましたけど…」
「そう。それは良かった」小波さんが俺の隣に来てベッドに腰掛けた。
「…もしかして、初めて?」
「え…」
「女の人とこういうところ来るの。彼女いないって言ってたもんね?」
「あ、まあ…はい…」
小波さんが座っている俺の太腿に手を乗せてきた。
「…!!」
「…迷惑じゃなければでいいんだけど、相手してくれない?」
…俺、もしかして女の人に誘惑されてる?
「えっ、えっと、その、小波さんは…」
「私は大丈夫だよ。泉くん、本当に嫌だったら断ってもいいよ」
…動揺はしているが、全然嫌な気はしない。女性とこんな雰囲気になったのはこれが初めてだ。緊張しつつも期待が高まる。
「…だめ?」
「…だめじゃ、ない、です…」
小波さんが俺の顔をじっと見つめて来た後、優しく唇を重ねてきた。そのまま二人でベッドに倒れこんだ。
「泉くん、初めてなの?」
「…はい」
「そうなんだ、初めてが私なんかでいいのかな」
前にも似たようなやりとりしたな。相手は男だったが。
小波さんが俺のモノを咥えてくれている。いつも雨宮にされていているし、さすがに慣れているだろうと思っていたが…。相手は初めての女性。当然緊張している。
コンドームを着けてもらい、小波さんと交わった。雨宮としている時とはまた違った感覚に、まだ酔いが残る身体が再び火照りだす。これが本当の童貞喪失だ。女性とこういう事をするのに一生縁が無いと思っていたが、思っていたよりも早く経験する事ができた。
事が終わり、二人でシャワーを浴びる。その後、小波さんが再度一服し始めた。
「小波さん、本当に俺なんかとやってよかったんですか?」
「うん。…イヤホン拾った時から、泉くんのことちょっと気になってたからさ。泉くんは、初めてが私で嫌じゃなかった?」
「…いえ! 嫌じゃない…です」
小波さんが小さく微笑む。
「泉くん、良かったら連絡先教えてくれない?」そう言ってスマホを取り出して来た。
「あ、はい。ぜひ」
ともだちにシェアしよう!