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#4「迷惑じゃなければ」 ④

「泉くん、今日はありがとう。また連絡してもいい?」 「はい。まってます」  駅で小波さんと別れ、終電ギリギリの電車に乗り込み、帰路に着いた。  初めて女性と身体の関係を持ってしまった。だが、付き合うまでには至らなかった。  …よくよく考えると、また友人とも恋人ともどちらとも言えないような関係性の人が増えてしまった。  だが雨宮と違うのは、雨宮に抱いているような嫌悪感や憎悪などは一切無い、ということ。  …小波さんと関係を持った直後だというのに、さっきから雨宮のことが脳裏にちらつく。万が一、小波さんと連絡を取り合ううちに付き合うことになってしまったら、雨宮との関係はどうなってしまうのか?  そう考えていると、突如スマホの通知音が鳴った。確認すると、スマホに通知が二件入っていた。一件は、雨宮からのメッセージ。普段よりも俺の帰りが遅いため、心配して送ってきたのだろう。もう一件は、連絡先を交換したばかりの小波さんからだった。すぐさまメッセージを開き、内容を確認する。 『泉くん、今日はありがとう。気をつけて帰ってね』 『小波さん、こちらこそ今日はありがとうございました。小波さんもお気をつけて。おやすみなさい』  小波さん宛ての返信をしながら歩いていたら、気が付くと自宅に到着していた。  ドアを開けると、部屋の中に居た雨宮が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。 「泉くん、遅かったじゃん。何してたの?」 「…いや、何も」 「何もしてないのにこんなに遅くなるわけないじゃん…。返信もしてくれないし、心配してたんだよ。何してたの…?」  そう言って俺の胴体に抱きついてきた。…こいつに小波さんと飲みに行って、更にはラブホテルにまで行っていたと正直に打ち明けたらどうなるのか…大体想像がつく。  返事が出来ないでいると、雨宮が怪訝な表情のまま顔を見上げてこう言った。 「…なんか…、タバコの匂いがする」 「…え?」  再度俺の身体に顔を埋め、匂いを嗅ぐ雨宮。 「…タバコ吸ってたっけ?」 「え…いや、吸ってないけど…」  全然気が付かなかった。まさか小波さんの煙草の匂いが服についていたとは。 「……」  雨宮がいきなり、俺の手に持っていたスマホを強引に奪い取った。 「おい! 返せよ!」  スマホの中を勝手に見る雨宮。画面に映っていたのは、さっきまでやりとりをしていた小波さんとのトーク画面。 「…だれ、これ」 「…バイト先の人」 「今日はありがとうって何…。何してたの?」 「…お前には関係ない」 「…もしかして、女と寝たの?」 「……別にいいだろ」  ここまできたら隠しても仕方が無いと思い、正直に打ち上げる。  すると、雨宮が目に涙を浮かべながら、手に持っていたスマホを俺の方に投げつけてきた。 「いたっ…! 何すんだよ!」 「…僕の泉くん、僕の泉くんを寝取るなんて許せない…」 「…お前のものじゃねえよ。だって俺たち、付き合ってないだろ」 「そうだけど…! 泉くんを取られるなんて絶対に嫌だ!」  深夜にも関わらず雨宮が大声をあげる。 「おい、静かにしろ! 何時だと思ってんだよ…!」 「お願い、泉くん、もうその人と会わないで。連絡先も消して」 「はあ?」  雨宮は俺の両腕を勢いよく掴み、逼迫した表情で訴えかける。 「泉くんを他の人に取られるなんて嫌だ! だって誰よりも僕が泉くんを好きなんだもん。泉くんだって、そんな女より僕の方がいいでしょ? だって今までずっと一緒にいてくれてたじゃん…。お願い、僕を捨てないで…」  涙をボロボロこぼしながら、床に座り込んだ。すると突然、雨宮の呼吸が激しく乱れ始めた。今までとは全く違う様子だ。はっ、はっ、と苦しそうに息を小刻みに吐き出している。嗚咽がどんどん酷くなっていく。 「お、おい…どうした雨宮…?」 「はあっ、はっ、はあっ、ううっ…」  呼吸が乱れに乱れ、雨宮はろくに話すことができない。うまく呼吸が出来ず、とても苦しそうだ。 「雨宮、落ち着け! 雨宮!」  俺はどうしたらいいのかわからず、落ち着くまで只々見ている事しか出来なかった。  しばらくして呼吸は次第に落ち着いてきたものの、涙は止まらない。 「うう、ううう…っ、はあ、はあ、お願い、泉くん、捨てないで…」  俺に抱きつく雨宮。その身体を軽く抱き返すことしかできなかった。明らかに様子がおかしくなった雨宮を目にして、ただ事ではないと感じた。  パニック状態になってしまうほどの不安を感じていた雨宮。俺がもし雨宮以外の人と一緒になってしまったら、こいつはどうなってしまうんだ…?

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