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#4「迷惑じゃなければ」 ⑤

 ベッドの中の雨宮が眠りについたのを確認し、俺はスマホで過呼吸について検索してみた。極度の不安や緊張などで引き起こされるらしい。  …やはり俺が不安にさせ過ぎていたようだ。呼吸困難になっていた雨宮は本当に苦しそうで、演技というには大分無理があった。とてつもなく不安で仕方なくて、パニック症状を引き起こしてしまったのだろう。  あんな状態になった人を見たのは初めてだったし、原因が俺ともなると、責任を感じざるを得ない。  雨宮をとるか小波さんをとるか、どっちつかずだった俺の責任だ。俺に嘘をついて援交相手に再会していた雨宮も大概だが、雨宮は『付き合うか、付き合わないか』を俺に委ねてきた。それに何の答えも出さず、あまつさえ女性と関係を持ってしまったとなると、今回の落ち度は完全に俺だ。  …だが、やはりどうしても、すぐに決断を下すことができない。優柔不断にもほどがある。  自分の気持ちに嘘をつくことも、素直になることもできず、只々頭を掻き毟る思いで自ら決断を急かした。         ◆  気が付いたら、ベッドの横の床で寝落ちしていた。身体が痛い。当たり前だ。  ベッドの上を見ると、雨宮はまだ眠っていた。  時刻は午前四時半。二度寝しようかと思ったが、雨宮がベッドの中央で熟睡しているのを見ると、ベッドに上がりこむことができない。自分のベッドなのに…。    カーテンの隙間から、外にある街灯の光が差し込んでいる。薄明かりの中、ぼーっと雨宮の寝顔を見つめる。睫毛が長く、綺麗な寝顔をしている。こんなにしっかり雨宮の寝顔を見たのは、もしかすると今日が初めてかもしれない。  性格に問題はあるが、静かに眠っている姿を見ると、何故放っておけない気分になるのかがわかってくる気がするような…。    朝の六時。結局あれから眠ることはできなかった。小腹を満たすため、台所でインスタントラーメンを用意する。  台所の電気を付けて麺を茹でていると、雨宮がベッドの中から出てくる音が背後から聞こえた。 「…泉くん…」  雨宮が恐る恐る声を掛けてきた。 「…おはよう」 「…おはよ…」 「…体調は大丈夫か?」 「うん…」  そうは言っているが、大分やつれた様子だ。元々白い肌が更に青ざめている。 「ラーメン食べる?」 「…うん、お腹すいた」  雨宮の分のラーメンも作り、二人でテーブルを囲む。 「昨日晩御飯食べたのか?」 「…食べてない」 「なんで食べてないんだよ…」 「泉くんが帰ってきてから一緒に食べようと思ってた」  二人が食べ終わるまでの間、無言が続いた。  食べ終えた後に二人分の食器を洗っていると、後ろから雨宮が抱きついてきた。 「…何?」 「…泉くん、あの人の連絡先…消してくれない…?」  雨宮が尋ねる。後ろから微かに啜り泣く声が聞こえる。 「…おねがい…」  雨宮との関係を続けながら、小波さんとの関係も続けていくのは無理があるし、何より小波さんに不誠実で失礼だ。 「…消す前に、しっかり相手に話をしてから削除する。お前との関係も…念の為説明する。理由なく連絡を途絶えさせるのは、相手側も納得しないだろうから。それくらいの連絡だったらしてもいいよな?」 「…うん、わかった」         ◆  スマホを持ったまま、数十分が経過していた。  雨宮との関係を小波さんに説明し、今後連絡は取れないと謝罪する。その為にどうすれば相手側に角が立たないように承諾して貰えるか、慎重に言葉を選んでいく。 『お疲れさまです。泉です。改めて、この間はありがとうございました。  唐突で申し訳ありませんが、僕のとある友人との関係について、小波さんに聞いていただきたいことがあります。  話していませんでしたが、実は僕には身体の関係がある男友達がいます。実際には付き合っていないので恋人同士ではないのですが、この関係になってしばらく経ちます。説明しづらい関係ですが、相手の男友達は僕のことを好いてくれていて、小波さんとの事を話すともう連絡してほしくないと言われてしまいました。  大変申し訳ありませんが、勝手ながらもう小波さんとはお会いできないと判断し、連絡させていただきました。  関係を持っている相手がいるにも関わらず、小波さんとも関係を継続するのは小波さんにも失礼であると考えた為です。誠に申し訳ありませんでした。』  …えらく長ったらしい文章になってしまった。遥ちゃんに連絡をした時も同じように頭を悩ませたな。  文章を何度も読み返す。もうこれ以上書き直すことができない。小波さんはこんな説明で理解してくれるだろうか。拙い文章だが、悩んでいても仕方が無い。意を決して送信ボタンを押した。  しばらく経って、小波さんからの返信が届いた。恐る恐る、トーク画面を開く。 『お疲れ様です。小波です。  びっくりしたけど、泉くんの言いたいことは伝わりました 私の方こそ、あの時強引に誘っちゃってごめんね』  謝る文面を見て、相手にも責任を押し付けている感覚になり、罪悪感が込み上げる。 『男の子と関係を持ってるのは正直びっくりしたけど、こういうこと私から言うのもあれだけど、、隠す必要性ってあったのかな?』  …え? 『泉くんがその男の子とどういう思いで付き合ってるのかはわからないけど、関係を切らずに続けてるってことは、泉くんもその子から離れられないんじゃないかな』  ………… 『泉くんって、結構お人好しだよね? 私からの誘いもあまり乗り気じゃなかったように見えたけど、私に悪いと思って付き合ってくれてたんだよね もう少し、自分の気持ちに正直になってみてもいいんじゃないかな〜って思うよ  でも、あの日はすごく楽しかったよ! 泉くんがまたバイトに来てくれるかどうかはわからないし、名残惜しいけど連絡はこれで最後にするね ありがとう泉くん』  俺を責めることもせず、軽蔑することもなく、大人な対応で連絡を途絶えさせるのを了承してくれた。今回もまた人に迷惑をかけたのに、結果救われた気持ちになってしまった。 『そう言ってくださり、非常に助かります。自分勝手な理由で小波さんに迷惑をかけたのに、快く了承してくださり、本当にありがとうございます。小波さんと出会えてよかったです。勤務期間中は大変お世話になりました。返信は不要です。』  このメッセージを最後に、小波さんの連絡先を消去した。とてつもない罪悪感だ。 「…ほら、連絡先消したぞ」  小波さんとのトークを削除した画面を雨宮に見せた。 「…ありがとう、泉くん。ごめん、わがまま言っちゃって」 「お前のわがままはいつものことだろ」 「……ごめん」  顔を伏せていた雨宮だったが、顔を上げてじっと俺の顔を見つめた。 「泉くん、キスしていい?」  そう言って顔を近づける雨宮。俺も無言のまま、雨宮の顔に近寄り、唇を重ねる。 「…俺が帰って来ない間、不安だったか?」 「…うん。連絡もなかったから…。もしかしたら事故にでもあったんじゃないかって。  …女の人と一緒に居たって知った時は、本当にショックだった…」  雨宮がまた涙目になる。 「…それは、ごめん。…でもお前だって、俺に内緒で援交相手と会ったりしてただろ?」 「…泉くんは、だって…、僕のことが好きなのか嫌いなのか、わからないんだもん。だから嫉妬とかもしないんじゃないかって思って。なのにすごく怒られて、泉くんのことがもっとわからなくなった」 「…」 「ねえ、泉くん…。僕のこと、好きなの? 嫌いなの? どっち?」 「…えっと…」 「なんでいつも言葉に詰まるの? そんなに答えづらい…?」 「……うん。そうだな。答えづらい。俺自身も、俺がお前に対してどう思ってるのかが理解できない。自分のことなのに。こんなこと、初めてだよ。本当に」  雨宮の表情が歪む。 「…どうしたら、好きになってもらえるのかな?」 「…さあな。俺だって知りたい」  俺の声に反応するや否や、雨宮が涙を流した。大分涙腺が緩んでいるようで、少しのことで泣いているのを見ると、相当精神的にやられているのだと気付いた。  だが、そうだと知っても、気の利いた言葉を言ってやれない。身体が強ばり、肩を抱いてやることすらできない。  やはり、好きか嫌いかという極端な結論を簡単に出すことができない。 「…俺、あまり眠れてないから。ちょっと寝かせてくれ…」  泣いている雨宮から、目を逸らしてしまった。ベッドに潜り込み、壁側を向く。  雨宮が小さく啜り泣く声に罪悪感を抱きながら目を閉じた。

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