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#6「誠意?」 ②

 集中講義最終日。今までの授業内容を総括したテストがある為、一層集中して講義に取り組んだ。一日中座学を受ける講義を三日連続で行うと知った時は大変そうに感じたが、思ったよりも早く過ぎたように感じた。         ◆  講義が終わり、スマホを開く。誰からも着信や連絡は来ていなかった。  …雨宮から何か連絡があるんじゃないかと、心のどこかで気になっている自分がいる。  俺のこの漠然とした不安や焦燥感は何だろう。一刻も早く帰りたくなり、急ぎ足で大学の外へ出た。  電車に乗り、いつもより足早に帰路を歩く。どうにも心が落ち着かない。一体何にこんなに焦っているのか、自分のことなのに解らない。  家に着き、玄関のドアを開ける。部屋は真っ暗だった。昨日と同じだ。  雨宮が部屋に居ない。 「……」  荷物を置き、部屋の明かりを付けた。  何故俺に何も言わずに出掛けるんだ?   …いや、雨宮がいつどこに出掛けたって、雨宮の自由だ。出掛ける時は必ず報告しろと約束していたわけではないし、雨宮の行動を制限したいわけでもない。  また昨日のように買い出しに行っているのだろう、そう自分に言い聞かせた。         ◆  風呂から上がっても、雨宮は帰ってきていない。時計の針は八時前を指している。  二学期から始まる授業の履修を確認したり、スマホで適当に動画を見たりして、一人の時間をやり過ごす。今までなら一人でも平気だったはずなのに、雨宮と過ごすようになってからは一人の時間はあまり落ち着かない。  二一時、二二時、二三時と時間が過ぎていくが、雨宮は帰ってこず、連絡も一切寄越さない。  …やはり懸念が拭えない。もしかすると本当に援交相手に会いに行っているのかもしれない。  再び援交相手にこっそり会いに行っているとなると、今回は先月のようにはいかない。なんせ俺たちは今、恋人同士だからだ。恋人がいるのに他の誰かと関係を持つのは、俺のことを裏切っていることに他ならない。  援交相手に会いに行っていることがもし事実だったとしたら、俺はどうしたら良いんだ?  眠気が俺を襲う。無理して起きているせいで頭が痛くなってきたが、それでも雨宮の帰りを待った。二四時に差し掛かろうとしたその時、ドアの開く音がした。 「あれ、まだ起きてる」  少しだけ驚いた様子の雨宮が部屋の中に入ってきた。 「お、お前…。どこ行ってたんだ?」 「えっと、買い物」 「こんな時間になるまで…?」 「うん、結構迷っちゃってたんだよね」  そう言って手に持っていた紙袋を差し出してきた。 「お誕生日おめでとう、浩樹くん」 「…え?」  時刻は零時を過ぎ、日付が変わっていた。九月十五日。確かに俺の誕生日だ。自分の誕生日なのに、すっかり忘れていた。 「え…俺の誕生日、知ってたのか?」 「うん。学生証に書いてあったから」  いつ見たんだ? というツッコミはとりあえず置いといて、紙袋の中のプレゼントを開封した。中にはネイビーカラーのマウンテンパーカーが入っていた。名前だけは聞いたことのある、有名なアウトドア用品ブランドのものだ。 「こんな高そうな服…、良いのか?」 「うん。浩樹くんに似合うと思って。もうすぐ寒くなると思うし。ついでに僕の服も買ってきた。自分の夏服持って無かったから。もうじき夏終わるけどさ」  雨宮はプレゼントとは別の紙袋を手に取り、中からTシャツを二枚取り出した。 「帰るの遅くなってごめん。連絡しようと思ったんだけど、スマホ充電するの忘れてて電源切れちゃってた」  そう言ってスマホを取り出し、充電器に繋いだ。  雨宮は、俺の為に長い時間を掛けてプレゼント選びをしてくれていて、連絡が無かったのもただ単にスマホが使えなかったからだった。最近長い事スマホをいじっていたのも、プレゼントの下調べの為だろう。それに気が付いた瞬間、先程まで雨宮のことを邪推していた己を恥じた。 「…あんまり嬉しそうじゃないね」 「え? いやいや、そんな事ない! すごく嬉しいよ…。ありがとう」 「ほんと?」 「本当だよ」  複雑な心境が顔に出てしまっていたのか、雨宮に気を遣わせてしまった。 「…ごめん、俺…てっきりお前がまた…他の誰かと会ってるんじゃないかって、悪い想像をしてた。勝手に疑ってイライラして、余裕が無くなってることに気が付いた。本当にごめんな…」  罪悪感に苛まれ、思わず謝ってしまった。雨宮は目を丸くしている。 「そんな事、いちいち言わなきゃ良いのに…。正直者過ぎるでしょ。今は浩樹くんと付き合ってるわけだし、誰かとこっそり会ったりなんかしてないよ。流石にそんなんしちゃいけないって事くらい、わかってるって」  そう言って充電器に繋いでいたスマホを手に取り、画面を俺に見せてきた。 「ほら、連絡先も消してるし」  画面にはトークアプリのトーク履歴一覧が表示されていたが、履歴はほぼ全て消去されていた。 「…は? え、なんで連絡先消してるの?」 「もう必要無いと思って。浩樹くんと、あとは親とだけ連絡取れてれば不便しないと思うし」  普段使っているトークアプリに残っている連絡先は、俺と雨宮の親のみになっていた。 「だってこの前、浩樹くんも女の人の連絡先消してくれたでしょ? なのに僕だけ前付き合ってた人とか、おじさんの連絡先残してるのはずるいかなと思って。これでもう誰とも連絡取れないから、会うことはないし。安心してよ」 「だからって何もそこまでする必要ないだろ…! 自分の交友狭めてまで俺と付き合うのか?」 「うん。だって、浩樹くんとだけ関われてればそれで良いもん」  唖然とした。こいつの突拍子の無い行動にはいつも驚かされる。 「浩樹くんが僕をそんなに疑うのって、やっぱ僕が信用されてないからだよね」 「……」 「否定しないってことはやっぱそうなんだよね。…でも、それもこれも全部僕が悪いんだし。こんな形でしか、浩樹くんに、誠意? を見せることができない」  雨宮が俺の手を握り、話を続ける。 「僕、浩樹くんに一度も好きって言われてない、から、言って欲しいんだけど…。 こんな僕だし、好かれるなんてまだ、無理だよね」  徐々に震えてくる雨宮の声。握る手の力が少し強くなった。 「浩樹くんに好きって言って貰えるように、僕、頑張るから。ダメなことはダメって言って、直すから。ああでも、あまり重く受け止めないで。浩樹くんと離れるのはもちろん嫌だけど、浩樹くんにこれ以上無理はさせたくない。今まで散々迷惑かけてきたけど、それでも一緒に居てくれて、ほんとに…ありがとう」  雨宮が俺の顔をじっと見つめる。テキトーなやつだと思っていたが、何か心境の変化があったのだろう。雨宮の思いを受け止めるように、自分からも手を握り返した。 「…お前の考えてることは、伝わったよ…雨宮」 「雨宮じゃない」 「えっ…? あ…!」 「名前で呼んでって言ったじゃん」  そう言われて、雨宮と呼んでいた時の癖がまだ抜けていなかった事に気が付いた。 「…ごめん、悠」  すると雨宮…ではなく、悠は微笑み、俺の手を離してこう言った。 「ねえ、僕の買ってきた服、着てみてくれない? 多分サイズはあってると思うよ」 「えっ、あ、おう」  悠がくれたジャケットに腕を通した。袖の長さも丈も丁度良い。 「いいじゃん! 絶対似合うと思ったんだよね」 「おう…いいな、このジャケット。ありがとうな、悠」  鏡の前に立って自分の姿を見た。人から服を貰ったのは初めてだ。長い時間を掛けて悩みながら選んでくれたのだと思うと、嬉しくもあり、少し照れ臭くもあった。

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