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#7「友達だから」 ①

 十月下旬。二学期が始まってから数週間が立ち、夏休みボケも徐々に抜けてきた頃。 「浩樹くん、帰ろー」  一日の全授業が終わり、いつも通り悠が声を掛けてきた。 「…悪い、先帰っててくれ」 「え、なんで?」 「…教授に授業についての質問あるから」 「…? んー…、わかった」  どこか納得していないようだったが、渋々帰っていった悠の背中を見送り、授業が終わった後の教室に居残り続けた。  授業が終わって十分程が経っただろうか。残って談笑していた生徒数名も教室から出ていき、教室には俺と遥ちゃんの二人だけが残った。           ◆     遡ること数日前。 「…悪いけど、今日こそは学食で飯食いたいの」 「えー、学食人多いから行きたくないんだよ。空き教室行こうよ」 「でも毎日コンビニ飯なのも飽きるんだって。もう俺一人だけで行くからな」 「え、嫌だ! わかった、僕も行くよぉ」  午前の授業が終わり、今日の昼飯をどうするかというどうでもいい事で悠と揉めながら廊下を歩いていると、数メートル先に見覚えのある人物を見かけた。 「…あ、遥ちゃんだ」  後ろ姿で顔は視認出来ないものの、いつも教室の後ろの席からその姿を見ているせいか、後ろ姿を見ただけで遥ちゃんだと判断出来るようになっていた。 「…顔見てないのに遥ちゃんだってわかるの? なんかストーカーじみててキモ」  悠があからさまに毒づく。 「…うっせえ」  だが、そう言われて強く言い返せないのも事実。 「…ん? 誰かと一緒にいない?」  人混みに紛れていてすぐには気付かなかったが、遥ちゃんのすぐそばに見知らぬ男性が立っていた。お互い顔を向け合って、何かを話しているようだ。 「もしかして…彼氏?」 「ぅえ…っ!?」 「…何分かりやすく動揺してんの? 浩樹くんはもう遥ちゃんと何も関係ないんじゃなかった?」 「あー、えー…。そう、だけど…」  …確かに、遥ちゃんとは最早友達…というよりかはただの同級生、或いは知り合い程度の関係に落ち着いたのではないか、と思っていた。だがそれはそれとして、遥ちゃんに新たに彼氏が出来たことについて一切何も思わない、と言えば当然嘘になる。 「いや、まだ彼氏だと決まったわけでは…」 「遥ちゃんが誰とどういう関係でも浩樹くんには関係ないでしょって」 「わかってるよ、わかってるけど…」 「未練がまし過ぎでしょ、いくらなんでも。マジでストーカーみたいだよ」  悠の言う通りだ。数ヶ月前の俺と遥ちゃんと悠との件や、それについての謝罪、その後の俺と悠との関係の進展を含め、遥ちゃんとは一区切りついた関係性だと割り切っていたはずだ。それなのに、未だに「良き友人」だと思っている節があるのかもしれない。  関係無い。干渉出来る関係性ではない。そう自分に言い聞かせても、見知らぬ男と一緒にいる遥ちゃんから目を離す事が出来ない。  二人で話し込んでいるのかと思いきや、遥ちゃんがいきなりその場を離れようと廊下を歩き始めた。そんな遥ちゃんの腕を男が無理矢理掴み、しつこく引き留めて逃がそうとしない。 「ん、喧嘩してんのかな?」 「……!!」  思わず足が動き、その二人の元へ向かおうとした。そんな俺の服の裾を悠が掴み、動きを停止させた。 「浩樹くん、またお節介?」 「…だって…見るからに何か、ヤバそうじゃないか…?」  悠から目線を外し、再度遥ちゃんの方へ目を向ける。するとすぐ近くの教室から出てきた一人の女子が、慌てた様子で遥ちゃんの身体を引き寄せ、二人揃って足早にその場から離れていった。 「浩樹くんよりも友達の方が一足早かったね」  その場に取り残された男は、友達と歩いていく遥ちゃんをただじっと見つめていた。           ◆     そんな場面を見た後だと、やはりどうしても気にせずにはいられなかった。  家に帰った後もその光景が頭から離れず、スマホの画面を眺め続けて十数分が経とうとしていた。画面に表示されているのは、七月下旬にメッセージを送って以来動きが無い遥ちゃんとのトーク画面。  気になるものは気になる。だが、だからといって俺に何が出来るのかわからない。 『今日の昼、誰と話してたの? 揉めてたように見えたけど、何かあれば話聞くよ』  …一体どの立場から相談に乗ろうとしているのか。自分で考えておいて疑問に感じた。俺に誰と話しているかと聞かれたところで、それに答える義理は遥ちゃんには当然無いし、そもそも相談に乗れるような間柄でもない。考えすぎだろうか?  一文字も入力することが出来ず、ただただスマホを握り締めるだけの時間が続く。頭を悩ませていると、背後から気配を感じた。振り返ると、悠が背後から俺の持つスマホの画面を覗き込んでいた。 「うわびっくりした!! お前…脅かすなよ…!!」 「またお節介焼こうとしてる…」  悠が不服そうな顔で言う。遥ちゃんとのトーク履歴を開いていた時点で、俺が何を考えていたのか概ね察したようだ。 「…お節介だろうが、お前には関係無いだろ」 「浩樹くんにだって関係無いじゃん。遥ちゃんが誰と何してようが」 「それはそうなんだけど…」 「それにさ、仮にもし浩樹くんがお節介焼いて出しゃばったとして、どうやって解決させるつもり? 相手の男に対してどう出るの? 浩樹くんなんかただの部外者なんだからさ、関係無いやつが出しゃばるなって話になると思うよ、結局」  …全くもってその通りだ。何も言い返せない。 「…それも、痛い程理解してる。だけどさ、…やっぱ、気になるんだよ」 「出たよ、浩樹くんのお人好し」  悠が呆れたような顔をする。 「いつまで経っても遥ちゃんに未練タラタラじゃん。僕というものがありながらさぁ。何でさっさと忘れてくれないのかな? もし浩樹くんが遥ちゃんに取られちゃったら、僕今度こそ立ち直れないかも」 「取られるとか何なんだよそれ…訳わかんねぇよ。別に、下心があるから遥ちゃんのこと気に掛けてるとかそんなんじゃないし…」 「男が女の事を気に掛けるのなんて下心以外ありえないじゃんか!」  余りにも了見が狭い悠の発言に、今度はこっちが呆れそうになる。 「…ほんっとうに馬鹿だな、お前は。マジでそんなんじゃねえから。少しは信じろ」 「うう…。今回ばかりはちょっと、信じられないかも…」 「あ、そう。その程度だったんだ、お前の俺に対する愛情って」 「は…!? 普段愛とかそんなこと言わないクセにこんな時だけ…! ずるいって!」  喚く悠を他所に、本当にこの気掛かりがただのお節介なのか、それとも遥ちゃんの手助けのきっかけとなるのか、手元のスマホを凝視しながら考えた。  

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