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#7「友達だから」 ②

 結局、昨日は遥ちゃんにメッセージを送ることは出来なかった。  今日は遥ちゃんと一コマだけ授業が被っている。俺は教室の後ろ側の席に座り、教室の前側の席に座る遥ちゃんの後ろ姿を遠目で見ていた。今日は友達とは履修が一緒じゃないのか、机に一人で座っている。  昨日からずっと同じような事を考え、遥ちゃんに話を聞くかどうかで悩み続けている。遥ちゃんから助けを求められた訳でもなく、そもそも昨日の出来事が揉め事や喧嘩だったかどうかも定かではなく、俺の単なる杞憂かもしれない。このまま考え続けても仕方が無いのだろうか…。  突如、隣の席から一枚のプリント用紙が差し出されてきた。前の席から配られたプリントを悠が受け取り、俺の分も取って渡してくれたのだ。 「あ、ありがとう…」 「授業中に何ぼーっとしてんの? どうせ遥ちゃんの事考えてたんでしょ」 「いや、あー…、その…」 「お人好しも程々にしてよー」  悠は俺が遥ちゃんの事を気に掛けているのが心底気に入らないのか、事あるごとに口を挟んでくる。授業中に呆けているのは注意されて当然とはいえ、悠の場合は完全にただのやきもちだ。付き合っている相手が他人に気を取られているのが面白くないのはわかるが、少しは俺の心情も理解してほしい。    授業終了のチャイムが鳴り響く。学生が続々と次の授業を受ける教室へと移動していく流れに乗って、遥ちゃんも席を立ち教室を出ていった。その背後を、昨日遥ちゃんと会話していた件の男が早歩きで追いかけていったのを俺は見逃さなかった。まさかあの男も同じ授業を受けていたとは。  俺は咄嗟に荷物を手に取り、男の後を追った。教室を出ると、二つ隣の教室に入っていく遥ちゃんと、後に続いて教室に入っていく男の姿を見た。その教室は俺が次に受ける授業とは違う教室だったので、通常なら俺がそこに立ち入ることはない。人の流れを遮らぬよう、廊下の壁側に身を寄せる。教室から少し離れた場所に立ち、窓から中の様子を遠巻きに伺おうとしたその時。 「遥ちゃん気の毒だね。いっぺんに二人の男からストーカーされるとか」  すぐ隣から悠の声がした。 「うおっ…! だからお前、びっくりさせんなって」 「あのさ、あんま考え無しに行動しない方がいいよ。前に勝手な勘違いで僕に迷惑掛けたことあったじゃん」  おそらく、出会った当初に援交相手から無理矢理引き離した時の話だろう。 「…確かにあったな、そんなこと…」 「今全く同じことしてるよ。お節介すぎるって。何回も言わせないでよ」 「いや、だからこれが勘違いなのかどうかを確かめようとしてるんだって」 「だからと言って人の事付け回すのはどうなの? 側から見ても気持ち悪いよ。もっと自分の事客観視しなよ」 「お前にそんなこと言われたくねぇよ…!」 「はいはい、もう授業始まるから早く行こ」  悠に強引に背中を押され、その場を後にした。           ◆   一日の授業を終え、帰宅した後も蟠りが消えることはなかった。一度何かが気になりだすとすぐに切り替えられないのは、どうにも出来ない俺の特性なのだろう。  課題をする為にテーブルに向かっているが、どうも集中できない。ノートPCに表示された文書作成ソフトの画面を眺めていると、悠が風呂から出てきた。髪をタオルで拭きながら俺のそばへ近寄り、ノートPCの画面を覗き込んだ。 「…何?」 「いや、別にー」  そのまま隣へ座り、髪を乾かし続けた。 「全然捗ってないじゃん、レポート」 「うん…」 「遥ちゃんのことで頭がいっぱいだから集中できないだけでしょ、どうせ。何でそんなに気になるの?」 「…何でって…それは…」 「…やっぱり、まだ好きなの?」 「だから、そんなんじゃないって何度言わせるんだよ…。いい加減にしろよ」 「いい加減にしろはこっちのセリフだよ。浩樹くん、僕の彼氏なんでしょ? 他の人の事考えないで」  …やはりやきもちか。いくら遥ちゃんのことが気掛かりで、何か自分に出来ることは無いか考えているとは言え、それは決して下心があるとか、見返りを求めているわけではない。それをどうすればこいつに理解してもらえるのだろうか。 「お前、俺がお前から遥ちゃんに乗り換えるんじゃないかって考えてるの?」 「う、うん…」 「…あのな、俺はそういう弱ってる人に味方のフリして近づいてワンチャン狙おうとか、ましてや付き合ってる人がいるのに別の人にちょっかい出すとか、そういう軽薄なのは嫌いなの。お前の言う通り、俺はお人好しでお節介で、ただの勘違いで関係ない事に首突っ込むような奴かもしれないけど、それのどこにお前が不安に思う要素があるわけ?」 「不安に決まってんじゃん。男の人ってこうやって言葉巧みに人を丸め込むのだけは得意なんだよ。尤もらしいこと言って信じさせて、結局飽きたら捨てるんだよ…」 「俺はそういう人間じゃない。そんな奴らと一緒にすんな」 「……そりゃあ信じたい、けど…。でも、やっぱ…」  葛藤があるのか、悠の口数が徐々に減っていく。 「…それにお前だって、遥ちゃんの事騙して付き合って、結局こっ酷くフったよな? お前がさっき言ってた、人を丸め込む男と何ら変わんないと思うけど」 「……!! で、でも、それは昔の話で…! …今は、絶対にもうあんなことしない」 「うん。じゃあ俺のことも少しは信用してくれない? 俺は悠のこと、少しずつだけど見直してきてる。遥ちゃんに妬く気持ちも分からなくはないけど、俺のことは信用してほしい。じゃないと、俺もお前を信用できない」 「…ほんとに、ほんとに捨てない? 僕のこと」 「ああ」 「じゃ、じゃあ、キスして」  そう言って顔を近づける悠に、間を開けずにキスをした。  …信用しろとかキスで納得させようとするとか、如何にも「恋人を丸め込もうとする彼氏」のようで、やっていてあまり心持ちが良くなかった。  こんな事をしなくても信じてもらえるようになるには、悠の認知が変わるべきなのか、俺自身が信用に値する人間に成るべきなのか、どちらなのだろう。  

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