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#7「友達だから」 ③

 次の日。一限目の授業を終えて二限目の授業の教室へ向かおうと、悠と一緒に廊下を歩いていた。  今日はまだ、遥ちゃんの姿を見ていない。というのも、今日は遥ちゃんと一つも授業が被っていないからだ。  二階から一階へ降りるために階段の方へ差し掛かったその瞬間、階段を駆け足で上がってきた誰かが俺の身体にぶつかってきた。 「うわっ!」  勢いよくぶつかられて、咄嗟に両手が出てその人の腕を支えた。 「あっ、ごめんなさい…! あ、あれ?」 「あ…、遥ちゃん…!!」  ぶつかってきた相手は遥ちゃんだった。見るからに急いでいる様子で、その上人にぶつかってしまい更に動揺している。 「だ、大丈夫…!? 痛くなかった?」事故とはいえ、身体に触れてしまった事に俺自身も動揺してしまい、すぐに手を離した。 「い、泉くん、ごめんね…」  謝る遥ちゃんの背後に、階段を上がってくる人物が見えた。例の男だ。階段の踊り場にいた俺は、見下ろすような形でその男と目が合った。するとその男は、顔を伏せながら自分達の横を足早に通り過ぎて行った。 「…どうしたの? なんか、慌ててたけど」  あくまで何も知らない体で、遥ちゃんに問い掛けた。 「…ううん、なんでもない! ぶつかっちゃってごめんね、じゃあね!」  明らかに無理に笑っていた。やはりあの男と何かあったに違いない。そう確信した。  …ふと、さっきまで一緒に歩いていた悠の事を思い出した。後ろを振り返ると、少し不満げな顔をした悠が無言でこちらを見つめていた。    その後、悠は少し不機嫌そうだった。遥ちゃんの身体に触れてしまったことがそんなに気に入らなかったのだろうか。そんな悠の事は放っておいて、俺は再度、遥ちゃんとのトーク画面を見ながら考え事をしていた。  今日は遠巻きに遥ちゃんと男のやりとりを見ていた前までとは違い、実際に現場に立ち合い、遥ちゃんと言葉を交わすことができた。この流れなら、俺から連絡をしたとしても大して不自然ではないだろう。お節介であることには変わりないが。 『遥ちゃん、今日大丈夫だった?』 『もし何かあれば、話聞くよ』 『あ、嫌だったら無理に言わなくて良いんだけど』  …などといった文を、送った後に気が付いた。階段でぶつかっただけで、こんな連絡をするだろうか?  それとこの『話を聞く』という文体。昨日悠と話した、「弱ってる人に味方のフリして近づいてワンチャン狙おうとする男」として捉えられたとしても何も言えない。いくら下心が無いと言っても、こういったアプローチをしてきている時点で、勘繰られたとしても自業自得だ。  だが実際、見返りは要らない。只々、何があったのか気になる。それだけだ。ごちゃごちゃと考えるのがまどろっこしく感じ、全て正直に話すことにした。 『実はこの前、遥ちゃんと男の人が揉めてたのを見たんだけど。』 『俺の勘違いだと良いんだけど、何かただ事じゃない感じだったから、気になって』  …と言う文を新たに付け加えた。メッセージを連投しすぎたので、返信が来るまで一旦スマホを置いておこうと思った矢先、通知音が鳴った。         ◆     次の日の五限目。一日の最後の授業である。授業を受けていた学生が全員出ていった後の教室に、俺と遥ちゃんの二人で居残った。  壁際の席に座っていた遥ちゃんの元へ近寄り、隣の席に腰掛けた。 「泉くん…。なんか、ごめんね」 「ううん、全然大丈夫。俺の方こそごめん、お節介すぎたかも」  昨日遥ちゃん宛にメッセージを送った後、遥ちゃんからの返信を受け、授業終わりに遥ちゃんの話を聞くことになった。 「えっと、何から話せば良いのかな…」  どこか言いづらそうな遥ちゃん。 「…あの男の人とは、知り合いなの?」  代わりに、こちらから話を切り出す。 「あ、うん…。高校の時の同級生。学科は別だから、入学してすぐの頃は同じ大学だったってこと、知らなかったんだけど…。確か六月ごろだったかな? 履修が被ってて、あの人から声掛けられて。あ、同じ大学だったんだねって話して。…高校三年の時にあの人からの告白を断ってるから、正直ちょっときまずかったんだけど…」 「あ、そうだったんだ…」  …まだ話の途中だが、揉めていた理由がおおよそわかってきた。 「うん。最初の頃はまだ普通だったんだけど…、夏休み入る前くらいに、フラれたけどまだ好きだから、どうしても付き合って欲しいって言われて…。これは私が悪いんだけど、返事をうやむやにさせたまま夏休みに入ったんだよね。そしたら、夏休み明けたあたりから、前よりも強引な感じになってきて…」 「それであんな、付き纏われてたんだ」  遥ちゃんが頷いた。やはり、俺の嫌な予感は外れていなかったようだ。 「友達がね、事あるごとに庇ってくれて。すごく有り難んだけど、本来は私がちゃんと解決させないといけないのに巻き込んじゃってるのが、本当に申し訳なくて。なのに友達だけじゃなくて泉くんにも気を遣わせてしまって…。本当にごめんなさい…」 「謝る事ないよ。俺が勝手に首突っ込んだんだから」  一度フラれたにも関わらず、未だに付き纏うような奴だ。遥ちゃんがどんな意思表示をしようと、イエスと言わない限り諦めないだろう。多分、遥ちゃんもそれを感じているのかもしれない。 「…俺が、そいつと話してみようか?」  悩んでいる遥ちゃんを見ていると居た堪れなくなり、咄嗟にそう言ってしまった。 「…えっ!? なんで、泉くんが…?」 「昨日、階段で会った時…、あいつと目があって。そしたらあいつ、顔逸らして逃げてったんだよ。遥ちゃんにしつこく付き纏ってるのに、男と対面した瞬間逃げるなんて、女子相手になら強く出れるようなしょうもない奴って事だよ」 「でもそれで、もし泉くんに何かあったら…」 「俺は大丈夫。もし俺が出てきたことによって遥ちゃんに逆上するようなことがあっても、俺が絶対そんなことさせないから」 「…泉くん、どうしてそこまでしてくれるの…?」遥ちゃんが問い掛ける。 「…そりゃあ、だって…」  友達だから。…とは口が裂けても言えなかった。単なる俺の独りよがりかもしれないからだ。 「…ムカつくから。あんな人の気持ち考えないような奴」  あくまでも俺が気に入らないから、という正義感を盾にしたような理由をつけた。 「遥ちゃん、今度あいつと授業被るのっていつ?」 「あ、えっと、確か月曜の…五限」 「じゃあ、来週の放課後だ。もし五限が終わって放課後にそいつがまた近づいてくるようなことがあれば、俺がそいつと話してみる。安心して、喧嘩とかがしたいわけじゃないから。第三者を間に挟めば、もしかしたら自分がどれだけ遥ちゃんに迷惑かけてるのか、気付くかもしれないから」           ◆             遥ちゃんとの話を終えて帰宅すると、悠が暇そうにベッドの上に寝転んでいた。 「浩樹くん、おかえりなさい。何してたの?」 「何って、さっき言ったろ。教授に質問してたの」 「えー、本当?」 「本当だよ」  本当は遥ちゃんと会っていたわけだが。その事を正直に話せば、またお人好しだお節介だとうるさく言ってくるのが目に見える。 「…浩樹くん、また余計なことしようと考えてるでしょ?」  悠が含みのある言い方で、具体性の無い問い掛けをした。 「…はい?」 「考え無しに動かないほうが良いって前も言ったじゃん、僕」 「…何のこと? 何言ってるのか全然わからん」 「…うーん、じゃあ、いいや。もう」  悠は何をか言わんやといった態度で会話を中断させた。  こいつ長らく過ごしていて気づいた事がある。洞察力の高さだ。おそらく、俺の考えている事などあらかた勘づいているのだろう。だが、こいつに何を言われようと、一度約束したことを取り消す事はできない。  

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