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#8「どこまでもお人好し」 ①

 十二月二四日。今日はクリスマス・イヴ。  小学六年生を最後に、クリスマスプレゼントが届かなくなってから早数年経った俺には、この行事は自分とは何の関係もないものだと思い込んでいた。  今年もおそらくそうだ。恋人と居るにも関わらず、二人でそういう会話をする機会は一切無い。相手の雨宮悠も、クリスマスにはさほど興味が無いといった様子だ。  冬休みに入ったが、悠はいつもの出不精が寒さによって更に拍車がかかり、外に出ようとする気配が一切感じられない。 「飯買いに行ってくる」 「うん、いってらっしゃーい」  悠に留守番を任せて買い出しに出た。いつものコンビニに着くと、デザートの棚にクリスマスケーキが置いてあるのが目に入った。苺のショートケーキが二つ入った商品だ。その後ろを振り返ってレジの方に目を向けると、ホットスナックのフライドチキンが目に飛び込んできた。  弁当やカップ麺と共に、普段は滅多に買わない二個入りのケーキとフライドチキンを二つ購入し、帰宅した。 「…なにこれ?」  袋の中を見た悠が目を丸くする。基本的に買ってくる物に文句を言うことは無いが、今回ばかりは意外な買い物に少し驚いたようだ。 「いや、ほら今日ってクリスマスイヴじゃん」 「こういう行事に乗っかるのって好きなタイプだったっけ?」 「いつもだったらしない…けど、たまには良いかなって。お前ケーキ食べれる?」 「うん。いやケーキは良いんだけど…なんか意外だなあ」 「去年まではしてなかったよ? こういうの。でも別に、悪くはないだろ?」  テーブルの上に買ってきた食料を並べる。冷蔵庫にあったコーラを取り出し、コップに注いだ。 「ほら、食っていいよ」 「…いただきまーす」  いつものようにテーブルに向かい合って座り、チキンとケーキを食べる。 「…案外美味いな。初めてコンビニスイーツとか食べたけど」 「うん。美味しい」 「…お前子供の時クリスマスパーティとかした事あるの? 家族で」 「やったことない」 「えっマジか…」 「代わりに誕生日は祝ってもらってた。小さい時」 「誕生日…そういやお前誕生日いつなの?」 「十二月二六日」 「えっ? クリスマスと近い…っていうかもうすぐじゃん。…あ、誕生日とクリスマスのプレゼント一緒にされてたとか?」 「そー。そんな感じだった」 「なるほどな…」  クリスマスと近い日、または同じ日に生まれた人は誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一つにされて渡されるという話はどこかで聞いたことがある。悠もクリスマスにはあまり縁が無かったようだ。 「浩樹くんはしてたの? クリスマス」 「うん」 「今日ケーキ買ってきたのも、小さい頃思い出して懐かしくなったの? 可愛いね」 「うるせえなあいちいち…」  ケーキを食べながら笑う悠。 「お前は子供の時、誕生日どんな事してたの?」 「うーん、特に変わった事はしてなかったと思うけど。母さんと一緒にケーキとか食べて、プレゼント貰って」 「親父は?」 「僕お父さんいないんだよね」 「ああ、そうだったのか…ごめん」 「うん…。お父さんいないから…かどうかは知らないけど、昔から貧乏だったから、クリスマスと誕生日プレゼントは毎年合わせて一個だけ貰ってたよ。日付が近いってのもあるけど。それでも、中学生になるまでは毎年祝ってくれてた」  母親を「母さん」と呼ぶ事、そして悠に父親がいないこと。誕生日の話題を振っただけなのに、今まで知らなかった悠の家庭環境を少しだけ知ることが出来た。 「えっと、中学生になったらプレゼント貰えなくなったのか?」 「いや、男子中学生なんて誕生日会とかそんなの恥ずかしがるじゃん。それでもうやらなくていいって言ったんだよ。浩樹くんもそんな感じだったんじゃないの?」 「…いや、普通にやってもらってた…けど…」 「えっ、マジ? もしかして反抗期とか無かったタイプ? めっちゃ素直な良い子ちゃんじゃん」 「うるさいなあ…別に良いだろうが思春期の男子が誕生日祝ってもらっても…」  クスクスと笑う悠。 「でもなんでそんな事聞いたの?」 「…ただ単に知りたかっただけだよ。どんな幼少期だったのかとか、どんな家で育ったのかとか」 「大して面白い話出来ないよ?」 「別に良いんだよそれで。…悠のお母さんは話聞く限りでは良いお母さんだけど、普段連絡取ったりとかしてるの?」 「うーん、仕送りの連絡くらいかな。うちの親、あまり干渉するタイプではないから。前住んでた所から住所変わったって話しても、あまり執拗に話聞いてこなかったし」 「それはまた珍しいな。普通親なら気になるもんだと思うけど」 「うん。さっきも言ったけど基本貧乏だったから、母さんずっと働き詰めでさ、あまり一緒にいる時間って無かったんだよ。だから昔からあまり僕の事構ってくれなくて。でも毎年誕生日の時は時間取ってくれてた。なのに中学生になってからそれを拒否し始めたのは、今思うと申し訳ない事したかも…」  俯きがちでそう話す悠が、少しの沈黙の後、こちらに顔を向けてこう言った。 「…今思ったんだけど…浩樹くんなら、うちの親に紹介しても良いんじゃないかって思えてきた」 「…えっ?」 「今まで誰かと付き合い始めても親に紹介とか一切した事なかったし、ましてや援交なんて口が裂けても言えなかったけど、浩樹くんなら良いかもなあ…。ねえ、いつかうちの親と会ってくれる?」 「え…っと…」  突然の提案に動揺を隠せない。悠とのこの関係を、親に話すなんて思ってもいなかった。だが親に会って欲しいと言われて、それを断るのは流石に申し訳ない。 「…まあ急には無理だよね。結婚する時にでも言おうか?」 「結婚…!?」 「それもまだ早いか。浩樹くん、そこまで考えてなさそうだもんね。でも僕は浩樹くんとなら結婚したいなって思うよ。浩樹くんも考えといてね。すぐに決断しろとは言わないからさ」  心の中を見透かしたような悠の発言。結婚の話をされて、分かりやすいほど動揺していたのだろう。  悠の言う通り、結婚など考えた事も無かった。ましてや男同士で。結婚に対しての考え方が人それぞれあってもいいとは思っていたが、やはりどこか他人事だった。   …もし本当に悠と結婚することになったら、うちの両親は認めてくれるだろうか? そもそも今、男同士で付き合っているこの状況をどう思うだろうか? 「男同士だけど、うちの親、認めてくれるかな」  またも心を見透かされたような悠の発言。俺と同じ事を考えていたようだ。 「でも、他人の言う事なんか関係無いよね」 「うん…そう、だな」  悠の簡潔な言葉に、こいつの全てが詰まっていると感じた。悠は俺と過ごす数ヶ月間で、出会った当初よりかは考え方や言動が変化してきていると、勝手な主観だが感じる。だが、人の目に縛られないというスタンスだけはさほど変わりなさそうだ。         ◆  次の日の朝。  今日は二五日だから、悠の誕生日は明日だ。当の本人はまだすやすやと眠っている。  悠は俺の誕生日の時に、サプライズでプレゼントを用意してくれた。だからという訳ではないが、俺だけ祝ってもらってこちらからは何も用意しないのは気が引ける。悠にしてもらったのと同じように、秘密で何かプレゼントを用意しようと考えた。  …とはいえ、いくら考えても悠の欲しそうな物が思い浮かばない。これといって趣味や好きなものが無いらしく、食にも特に関心が無い。出会った当時は黒のコートばかり着ていたが、かといってファッションに拘りがあるわけでもなさそうだ。  決定打となる案が思い浮かばずにいると、悠が目を覚ました。 「んー…、おはよ」 「おう、おはよう」  悠がのそのそとベッドから起き上がり、服を着て洗顔をしに洗面所に向かった。 「お前、何か好きなものないの?」  自分一人であれこれ考えて悩むよりも、本人に直接聞いた方が早くて確実だと考えた。仕方無くサプライズは断念し、洗顔を終えた悠に尋ねてみた。 「好きなもの? うーん、浩樹くんかなぁ」 「そういうの良いから」 「えー? うーん、特に無い」  わかりきっていた事だが、やはり好きなものが特に無いようだ。 「…誕生日プレゼントとか要らないの?」 「え、プレゼントくれるの? 浩樹くんがくれる物ならなんでも嬉しいよ」 「本当かよ? マジでなんでもいいの?」 「うん。…いや、ちょっと待って」  何か考える素振りを見せる悠。 「お、何か思いついたか?」 「うん、思いついた。あのさ、誕生日は明日だけど、今日の夜くらいにプレゼント買いに行きたい。一緒に」 「ああ、別にいいよ」  悠の欲しいものを聞き出して一人で買いに行くつもりだったが、出不精な悠から直々に出かけようと提案してきたのが余りにも珍しく、誘いを承諾した。

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