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Scene-4.1
「とは言ったものの」
見上げた青空は本当に綺麗で、日差しがちょうどいい暖かさで降り注ぐ。
「こんな天気のいい日は部活より昼寝しないとお天道様に申し訳ない」
俺は学校の裏庭のそのもっと奥、茂みを抜けた所にあるちょっとした広場に向かった。卒業した先輩が教えてくれた秘密の場所で、人が来ないという大変有難い『リフレッシュ』スペースだ。決してサボりではない、あくまでリフレッシュだ。と、そこに行く時は思うことにしている。
もちろん道らしきものはないので茂みを掻き分けて行くことになる。夏は草が生い茂って大変だけど、涼しくなったこの時期は割と簡単に行けた。
「え?」
いつものように最後の草いきれを勢いよく掻き分けて、俺はフリーズした。
「さ、沢井?!」
そこに沢井が居た。それだけでも驚きなのに、その唇に煙草がくわえられている。
「藤原」
後ろ手を着いたまま沢井が俺を見る。別段慌てた様子もなく「見つかっちまったな」と笑う。
「この場所知ってる奴が他にいたのか」
その笑みに、俺の胸がまた鳴った。
形のいいその唇から漏れる白い煙が、視界を霞ませるように広がる。その様に俺は釘付けになった。
「あのひとがさ」
立ち尽くす俺に構わず沢井は煙と言葉を吐き出す。
「やめろって言っても吸うんだよ。だからそんなに旨いもんなのか試してたんだ」
人差し指と中指が煙草を挟んで唇に触れる。長い節ばった指、形のいい爪。眼鏡の向こう、閉じた瞼に長いまつ毛。
「知らなかった、結構旨いんだな」
風が吹いた。
落ち葉になりかけた木々の葉がざわざわと揺れる。風に押されるようにして、俺の足はやっと動いた。
ゆっくりと沢井の近くまで行く。沢井は一度俺を見上げてから目線を外すと、煙草を地面に押し付けて消した。そして制服のポケットからハンカチを出すと、その吸い殻を包んでポケットに戻した。
沢井がゆっくり立ち上がる。
「誰かに言う?」
覗き込むように、沢井が俺の顔を見た。至近距離でちゃんと向かい合って立つと、沢井の方が随分背が高かった。俺の目が沢井を見上げる。
「あ…いや…」
心音が跳ねるように身体中に響く。俺は慌てて沢井から目線を外す。身体がやけに熱くなって、息苦しくて、顔を見ていられなかった。沢井がクスッと笑った。
「別にいいけど」
品行方正が制服を着て歩いている、とまで言われていた沢井が喫煙していたとなると、えらい騒ぎになるだろうことは必至だ。だけどやっぱり本人はそれほど慌てた様子もなく。あ、もしかして俺ごときに見つかっても気にしないってことだろうか?
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