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Scene-4.2
俺は頭の中でぐるぐる考える。どうでもいい理由を延々と脳でループする。
考えたくないから、気付きたくないから、この鼓動の訳に。
「俺明日にはこの街にいないし」
「え?」
突然の沢井の言葉。その意味が分からなくて、俺は反射的に顔を上げた。
「カケオチするんだ」
歌でも歌うように軽やかに、沢井は笑顔で言った。
「かっ…?!」
俺は今度こそ本当に固まってしまうんじゃないかと思うくらい驚いて声が詰まった。それでもやっぱり沢井はお構いなしに、俺の目線の先でゆっくりと詰襟のボタンを外していく。
「夫のいる人だから、そーゆー結論になってな」
その下の解禁シャツのボタンにも手を掛ける。
「この眼鏡も黒髪もカムフラージュ」
外した眼鏡を制服の胸ポケットに差すと、ゆっくり前髪をかき上げた。
「こんなダセェ男、相手にする訳ないってな」
ドクン!
俺の鼓動が脳天まで突き抜けた。
そこに立っているのは誰だ?
いつも長い前髪に隠れていた両目が、かき上げられて分かれた、その絹の前髪の間から見える。深い深い漆黒の宇宙のような瞳が、眼鏡を介さずにじっと俺を見つめている。はだけた胸元が思っていたよりずっと逞しい。
『俺とは全然違うから』そう思っていた。でも、違うの意味がそれこそ違う。
こんな綺麗な人、俺は知らない。
こんな大人の男、俺は知らない。
「藤原は特別だから教えてやるよ」
彼の隠し事。
「誰かを泣かせてしまっても、欲しい女なんだ」
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