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Scene-4.3
ああ…そうか。
最初から『違う』って感じてた。
それは、沢井が大人の恋をしていたから。
金縛りのような衝撃は、その言葉の内容だったのか、本当の沢井の姿にだったのか、その、両方なのか。
俺は呼吸を整えるように、小さく息を吐いた。
「あ、その相手ってもしかして…」
気付いて、俺がそれを口にしようとした時、沢井の人差し指の腹がそっと俺の唇を塞いだ。そしてその指を自分の顔の前まで持っていく。
「いなくなって初めて分かる方がロマンティックだろ?」
そのまま指を唇の前で立てて「しーっ」というジェスチャーをした。
映画のワンシーンのような光景。
俺の唇に、微かな煙の匂い。
俺は何も言えなくなって、胸を抑えた。心臓のあたりでぎゅっと拳を握って顔を伏せた。
「これやるよ、お詫びの印」
沢井がポケットから煙草とライターを取り出す。一本しか煙草が抜かれていないそれは、見覚えのある銘柄。
「お詫び?」
迷ったけれど俺はそれを受け取りながら聞き返す。
「名前知らなくて誰って聞いた時、藤原傷ついた顔してたから」
一瞬、俺の煙草を受け取る手が止まった。でもすぐにそれを右の手のひらに乗せた。
「…してたかな?」
してたと思う。
「…じゃあな」
短いサヨナラを沢井が告げる。
でも。
でも沢井、それが『痛く』なったのは、沢井を目で追い始めてからで…。
『覚えといてやれよ』
綾子先生の言葉が蘇る。
俺は無意識に手を伸ばしていた。そして、沢井の制服の袖を掴んだ。
「………」
忘れる訳ない。
この感情と一緒に、
自分の中に、こんな痛みがあったこと。
「沢井、さ」
引き止めて、何を言うつもりだったのか。
何も言わず、沢井の袖を掴んだまま立ち尽くす俺の言葉を、それでも沢井はじっと待っていた。じっと、待ってくれていた。
俺はゆっくりと掴んだ袖を離す。
「沢井さ、実はクラス全員の名前覚えてないだろ?」
俺は顔を上げて沢井を見た。沢井が口元で笑った。
「当たり前じゃないか」
そして俺の頭にぽんと自分の手を乗せて一度だけ撫でた。
「だから藤原は特別なんだよ」
そう言って背を向けた。
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