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一転する日常

 俺と渚は会計を済ませると、ファミレスを後にする。  本当に奢りのようで、お金を出そうとしたらものすごい勢いで断られてしまった。  俺はむしろお金を出してやりたくなるほど幸せだったのだけれど、そんなことを言い出せるわけがないので、仕方なく奢ってもらった。  渚と二人、帰りの電車に乗り、いつもの見慣れた駅で降車する。  駅内は帰宅ラッシュ真っ只中のようで、人がガヤガヤと行き交っていた。  空海島は人口自体は多い方なので、通勤ラッシュと帰宅ラッシュは都会と同じく人でごった返す時が多々ある。 「渚、人多いから転ばないように気をつけろよ」 「あ、あぁ……」  俺は人波を分けて、改札口へ向かうために階段を降りる。  チラリと後ろに視線を向けると、渚も後を追うように縮こまりながらついてきていた。  階段を数歩降りたところで、反対側からバタバタと慌ただしく駆け上がってきた男性の肩にぶつかる。  一瞬体勢を崩しそうになって慌てて手すりに掴まってから、はっと気づいて後ろを振り返った。 「邪魔だよっ!」 「あ……っ」  先ほど肩をぶつけた男と渚がタイミング悪くぶつかってしまい、苛立ちを顔を歪ませた男が渚を突き飛ばす。  その反動でバランスを崩した体が階下へ大きく傾いた。  突き飛ばした男が一瞬驚いた顔をしていた気がするが、俺は階段を駆け上がることしか考えていなかった。 「渚っ!」  叫ぶと同時に手を伸ばして何とかその華奢な体を受け止めるが、二人分の体重を足で支えることが出来ず、自分の体ごと宙に浮いた。 (やばい……っ)  一瞬の出来事のはずなのに、まるでスローモーションのように景色が動く。  次に来るであろう衝撃に俺はきつく目を瞑って、離さないように渚の体を抱きしめる腕に力を込めた。 (幸せだった分の不幸かもしれない。こんなことならもっと渚に触れておけばよかった……。フラれても告白くらいはしておけばよかった。せめて渚だけでも守らないと……)  そんなことを思いながら俺の意識は何故か薄れていく。 『……ねがい……を……つけて……』 (え?)  薄れゆく意識の中で声が聞こえた。 『はやく……ここへきて……みつけて……』  囁くような声に何とか耳を傾けようとしたが、それは叶わず、俺の意識は深い深い闇の底に落ちて途切れた。

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