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見知らぬ世界

 さわさわと草木を揺らす風の音に、微睡みの中にいた俺の意識が現実に引き戻される。  心地のいい風が優しく吹き抜けて、頬を撫でていった。  まだ目覚めないぼんやりとした頭で、目の前に広がる青空と千切れ雲を見つめる。  真っ青に澄んだ青空に浮かぶ雲はとても穏やかで、なんだかまだ夢の中にいるのではないかと疑ってしまうほどだった。  背中に感じる芝生の感触に、徐々に眠っていた脳が覚醒して、俺は勢いよく起き上がった。 「……っ! 痛……っ」  ズキリと頭に激痛が走り、きつく目を閉じて指でこめかみをぐっと押さえる。  痛む頭の中で思い出されるのは、帰宅ラッシュでごった返す駅。  渚に声をかけてから、人波を縫って改札口へ向かうために階段を下りる光景。  そこで、急いでいたのか階段を慌ただしく駆け上がってくる男の姿。  その男とぶつかってから、後ろに渚がいたことに気づいて、慌てて振り返って……。 (渚が体勢を崩して……助けたけど……一緒に階段を落ちて……)  俺はそこではっと気づいて顔を上げた。 「あっ……渚!?」  助けたときに抱きしめたはずの渚が腕の中にいないことに気付いて、俺は慌てて辺りを見渡した。  動かした手に、ふわりと何かが触れて視線を落とすと、俺の隣で無防備に眠る見慣れた愛しい人の姿があった。 「すー……すー……」  その穏やかな寝顔を見た途端、混乱していた心が落ち着きを取り戻し強張っていた方から力が抜けた。 「よかった……」    すやすやと寝息を立てる渚の頬に触れる。  特に怪我などをしている様子はなく、いつも通りの愛おしい姿がそこにあり、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。  しかし、ここはどこなのだろうか。  俺の記憶は階段を落ちたところで途切れている。  そこから先は、今あるこの見慣れぬ景色だ。  周りは山で囲まれていて、ちらほらと草木が生い茂り、近くを穏やかに川が流れている。  空海島にこんな場所はない。  なら、今、俺がいるこの場所は一体……。  どのみちこの場所のこともそうだが、通学用の鞄も辺りには見当たらなかった。  つまりは、連絡手段などもない、ということになる。  「……スマホがないのはちょっと不便だが、とりあえずは、渚がちゃんといてくれてよかった……」  相変わらずすやすやと眠っている顔を見下ろして、ふわりと髪を優しく撫でる。 「寝てる顔も、かわいい……」     ずっとその寝顔を見つめていたかったが、このままというわけにはいかないので、とりあえず俺はその肩を揺すって声をかけた。 「渚、起きろ。渚」 「ん……んん……? あれ……もうあさ……?」 「いいから起きろ」  渚は目をこすりながら寝ぼけ眼で俺を見つめてくる。

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