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期待と不安 3
「……どうした? 困ってることでもあるのか? ここの宿のことなら宿主に聞いた方が――」
「困ってるのは……荒玖だろ……」
「…………」
渚の言葉を最後に俺たちの間に沈黙が降りる。
何も言葉を発することが出来ず、俺はただ俯いていた。
言いたいことはいろいろあるのに、喉につかえて声にはならず。
言ってしまったら、今までのようにはいられなくなってしまう気がしたのだ。
そんな重苦しい空気の中、先に口を開いたのは渚の方だった。
「その……俺じゃ、荒玖の力になれない、かな……」
「……っ」
――ダメだ。
これ以上渚に、その言葉を言わせたら本当の意味で後戻りが出来なくなる。
俺が、自制できなくなる。
「そ、れは……」
「荒玖は、俺を助けるためにLPを使い切った……俺のせいだから……俺、が……」
「違うッ!!」
気がついたら咄嗟に叫んでしまっていた。
反射的に出た大きな声に自分でも驚いてしまう。
渚に視線を向けると不安げな顔で固まっていた。
俺は少し乱れてしまった呼吸を必死に整えて額に手を当てると、今度は静かに言葉を繋いだ。
「……違う。渚のせいじゃない。俺がお前を、助けたかったんだ。それだけだ。だから渚が責任を感じる必要はないし、それを言い訳に体を重ねる必要もない」
そうじゃない――
そうじゃないのに……。
心は渚のことを求めているのに。
今すぐにでも、言い訳にしてでも渚のことが欲しいのに。
俺はその胸に渦巻く醜い気持ちを必死に押し殺した。
それが出来るなら百年以上もこの気持ちを抱えて生きていない。
「……今日はもう休め。つか、熱は大丈夫なのか?」
風呂のせいなのか、風邪のせいなのか、緊張のせいなのか、渚の頬はほんのり赤い。
このまま無理をさせるのは流石に可哀想だ。
「熱は……少し、しんどいけど……」
「なら、休んだ方がいい。お腹空いてるなら宿主にお粥かなんか――」
俺は渚に背を向けて、部屋に設置されている注文用のタブレット端末を手に取ろうとした。
が、背中にドンっと衝撃が走り、お腹側に腕が回されてがっちりとしがみつかれてしまう。
この部屋には俺と渚しかいないのだから、後ろから抱きついてきたのが誰なのか嫌でもわかった。
「な、なな……っ、ちょっ! 渚……っ?!」
背中から感じる体温に、落ち着いたはずの心臓がまたドキドキと騒ぎ出してしまう。
「離れろって……っ! 本当にまずいんだってばっ!」
俺はしがみつく腕を引き離そうとするが、それでも渚は腕に力を込めて離れようとしなかった。
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