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最終章

最終章  柔らかな月光が差し込む窓際に立ち、ミアは今頃大丈夫だろうか、と思案する。  あれからあっという間に数日が過ぎても、カイの日常とも呼べるこの日々は変わらなかった。  変わったことと言えば、あれほど手放せなかった手袋をしなくなって、指先がなんとなく心もとないのと、元々隣室を宛てがわれていたミアが、一度ギルバートに状況を説明するため屋敷を離れたことくらいだ。  それも数名の騎士に警護されている道のりなので心配はいらなかったが、反面一人でいる時間が長くなるにつれ、余計なことを考えてしまって頭が混乱した。  それはミアが居なくなってから、時たま顔を見せるようになったあの男のせいでもあり、カイは手持ち無沙汰にミアが残していった物を片し始める。  ヴィンセントは、以前にも増してカイに特別に柔らかく接してきた。  髪に触れ、隣に寄り添い、不意に微笑みを零すのだ。  そのどれもがカイをむず痒くさせ、けれどその瞬間を目の当たりにするたびに後ろめたくなった。  シャディナがいる以上、力を失った自分がこの男に甘やかされる時間を、これ以上長く持ってはいけないと。 「髪が、……綺麗な人だよな」  一人の空間に落ちた声は情けないほど弱々しくて、小さな苦笑が漏れる。  思い出すのは、儀式直後の深夜のことだ。  今日のように静かで、澄み渡った夜空が降ってきそうな淡い暗闇の中、カイはぼんやりと、中庭で一人それを見上げていた。  あの時、兵士たちの休憩の場であるらしい木製の長椅子に浅く腰掛けていたカイは、靡いた髪を抑えようとして、視界の隅にぽう、と浮かび上がる彼女の姿を捉えたのだ。  一緒に編み上げた髪飾りが月明かりに反射して、時たまキラキラと輝いていた。 ――公女様……。 ――ああ、ここに居たのですね。こんばんは。  その時意識せず呟いた声に反応した彼女は、外廊下の下を歩いているところだった。カイの声にそっと視線をあげ矛先をこちらに向けると、同じようにゆったりと近づいてくる。  カイはここでふたたび彼女と顔を合わせるとは思わず、咄嗟に長椅子から立ち上がった。 ――……っあの、すみません。部屋からでて。 ――いいえ? 別に拘束されている訳ではないでしょう。  つい今までの生活の癖で自分の挙動を謝罪すると、彼女は不思議そうに首を傾げる。カイはバツが悪くなって視線を逸らしたが、それもあまり気にした様子はなかった。 ――今ちょうどあなたの元へ向かっていたところでした。これを返しそびれたと思って。  そう言って目の前に差し出されたのは、ヴィンセントから貰って、力を移す儀式の祭にもはめていた手袋だった。  気まずくなりおずおずと手を差し出すと、彼女は纏う雰囲気を崩さず、静かにそこへ黒い布地を置く。  こうして近くで見ると、彼女の凛とした美しさは余計に際立っているように思えた。月の灯りを背に受けた姿は全体的に淡く発光して、どことなく現実離れしている。 ――なるほど、ヴィンセントが心配するだけのことはありますね。 ――はい?  唐突な言葉で視線を戻したカイは、淡々とこちらを見つめる公女の視線とかち合った。居心地が悪そうにする姿を一度下から上まで見やると、癖のようにまた首を傾げる。 ――あまりに儚くて、消えてしまいそう。 ――え? ――あなたは美しいですね。「闇に溶ける黒髪」と聞いていましたけれど、噂以上です。  それを言うなら、彼女のほうこそ夜にだけ姿を表す精霊のようだ。  嫌味でもなくただ感想を述べた、というような態度に、どこの誰がそんな噂を言って回ったのか気にかかった。 ――それ……男にいうセリフじゃありませんよ。 ――そうですか? 美的感覚はそれなりにあるはずなんですけれど。余計なことをいうと彼が怒るでしょうからあまり多くは言えませんが、よくあなたの話を聞きましたよ。 ――はぁ。その彼ってのが誰かわかりませんけど、ろくなことを言いませんね。 ――ふふ、それを聞いたらきっと落ち込むでしょうね。ヴィンセントは、あなたのことばかり気にしていましたから。  半分やけになって答えた言葉へ、シャディナは少しだけおかしそうに相好を崩した。  カイはまさかここであの男の名前を出されるとは露ほどにも思わなかったので、反射的に言葉に詰まる。  シャディナはじ、とカイと視線を絡め、そして指先に握られた手袋の方へそれを移した。 ――目を離すと危なっかしいとか、だけどあなたの魔術は繊細で美しいとか。貶しているんだか、褒めているんだか。けれど、蝋燭の灯りに照らされる宝石の話は幻想的ですね。 ――それって…… ――その時に思ったそうですよ。暗闇に溶けたあなたの黒い髪には、きっと翡翠が似合うと。 ――っ。  それを、彼女から聞かされるのはこの上なく恥ずかしかった。誰にも見せたことのない心の柔らかな部分を鷲掴みされた気持ちになる。  ヴィンセントはカイとのそんな思い出まで話していたのだ。そのくらいに気を許して、彼女を慕っている。  カイは今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちに駆られ、けれど必死に繋ぐべき言葉を探した。 ――……っ、あの、 ――今思えば独占欲丸出しで、笑ってしまいますよね。彼もあなたも余計なことは話すのに、お互い肝心なことは言わないんですから。 ――……っ。 ――最後に話せてよかったです。あなたも彼とよく話し合ってください。ここに長居はしない筈ですから。  そう囁いた彼女が、結局、笑ったままでいたのか、もしくは自分を冷ややかに見つめていたのか。顔をあげられなかったカイにはわからなかった。  カイは鮮明に思い起こせる数日前の記憶に無理矢理に蓋をして、頭を小さく振る。  早く、この場から去らなければならない。  力をなくしても、どうにかして生きていかなければ。 「…………ぜんっぜん見た目変わんないんだけどな」  長いこと思考の渦に沈んでいたカイがため息混じりに零したのは、ここに来て多くなった独り言だった。指先を目の前に翳して眺めてみる。  力を無くしたと言われて焦る気持ちはあれど、怪我をした訳でもなければその能力を使う機会があってそれを確かめた訳でもない。  カイはふと、手元にあった果物ナイフを見下ろして考えた。ちょうどそこにあったのは、ミアが食事を疎かにするカイに、果物くらいなら食べられるだろうと気を利かせて置いていったからだ。  例えばもしこれをちょっと腕に当ててみれば、今自分を悩ませているいくつかのうち一つが解決する。  シャディナ公女とヴィンセントのことは脇に置いておいても、確実なことがわかるはずだ。  自分がただの人間になったのか。それとも、化け物のままなのか。 「カイ、寝巻き用の着替えをここに……」  唐突に開いた扉から不意にヴィンセントが顔を覗かせた。  洗濯したての一式を抱え、カイの手元を見やる。  お互いに一瞬の間を置き、驚きで動けなくなったカイをよそに先に動いたのは男の方だった。 「あんた! なにやってんだ!」  ほとんど怒鳴り声に近い声を落とされ肩がびくりと竦む。  ヴィンセントは足早に近づいた勢いのまま、手のひらに握ったナイフを取り上げてカイを睨みつけた。  焦りと苛立ちを(みなぎ)らせ、こちらを信じられないようなものを見る目で見下ろしている。 「……あんた……今なにをするつもりだったんですか? 言い訳くらい聞いてやります」 「……な、別に俺は」 「別に俺は?! 腕にこれを当てて自分を傷つけるつもりだった?! なぜです! まだ信じてないんですか?!」  カイの言葉を聞かないヴィンセントは、捲し立てる口調の中に明らかな怒りを湛えている。  こんなことでこんなにも感情を顕にする相手がわからず、心が揺れ動いた。 「ちが、ちがう。別に信じてないわけじゃ」 「だったらなんです?! もうあんたは簡単に何かに傷つけられていい存在じゃない! 力はないんですよ!」 「だからだよ!!」  カイはぎゅっと目を瞑って言葉を遮った。  激情を宿したまま見下ろしてくるのを感じ、余計に惨めさが募る。  本当は、本当は恐ろしくて堪らなかった。  力がなくなって喜ぶべきだと自分を諌めても胸に広がった虚無感は拭えない。  覚えていない(・・・・・・)のだ。  自分には何もない。なくなる。 「カイ……あんたは本当に何を考えてる?」  不意に訝しみながらも、戸惑いに震えた声を落とされて鼻の奥がつんと傷んだ。  この男は、酷い。残酷で優しくて憎たらしくて愛おしい。  カイはもうヴィンセントしかいらないのに、その記憶しか持っていない(・・・・・・)のに、けれどまたカイを誰もが要らないという。 「……思い、出せないんだよ」  ぽつりと零れた本音は掠れて酷く弱々しかった。  視線の端に移った指先がぴくりと反応し、少しだけ揺れる。  一度手のひらを握り混んで、そっと髪を掻き上げられた。 「何を、思い出せないんですか?」 「全部だよ! 人の記憶なんてたかが知れてる、知ってたか? 俺はもうほとんど思い出せないんだ。これだけ長く生きてきて何もない!」  その言葉をヴィンセントがどう捉えたのかはわからない。  けれど、カイにとってはこの男のそばにいるずっと前から自分を頑なにしてきたものの元凶だった。  ずっとウィンターを忘れたかった。  記憶だけが積み重なった対の鍵記との時間を、一人で抱えているのが辛かった。  けれど、それらがやがて朧気になって、声もちゃんと思い出せなくなっていくうちに、とうとう、本当に自分が人間でなくなる気がしたのだ。  優しい記憶を覚えていられない自分は、化け物のように思えてならなかった。 「なのに……なのに今さら(ゆいいつ)まで失って、どうやって生きていけばいいんだ! お前は酷い。シャディナ公女とのことも黙ってた!」 「シャディナ公女? 彼女がどうしたんです」 「縁談を進めてるんじゃないのかよ?! 俺の力を移してもらえたのはそういう約束をしたんじゃないのか!!」  カイはもう溢れ出る感情を止められなかった。何が辛くて、こんなにも苦しくて泣き喚きたくなるのかわからない。  ただ、こんなふうになっても目の前の翡翠だけが酷く美しかった。 「……カイ……もしかしてさっきしようとしたことは、力がなくなるのが怖かったからですか? 自分には俺も居なくなると思った?」 「だからそう言ってるだろ!」 「わかってますか? あなたが喚き散らしてることは、俺を好きだって言ってるふうにしか聞こえない」  言いながら近づいてきた顔がすぐ目の前にあった。  見慣れない瞳の色を、またいつか自分は忘れてしまうのだと思う。  そうやって生きてきたのだ。ただ生きて、生きて忘れてきた。 「……っだれが、そんな話してんだよ」 「あなたの話は支離滅裂ですから、勝手に解釈しました」 「茶化すなよ! 俺はっ」  言葉尻を、無遠慮な唇が不意に塞いだ。  驚きのまま呆然と翡翠に見入って、そしてその強さに魅入られる。  カイを真っ直ぐに貫いた双眸が静かに伏せられ、そして角度を変えて、もう一度ヴィンセントはそこへ口付けを落とした。  強く押し付けられた感触にひくりと身体が慄き、それが何度も繰り返されると、やっとカイを解放した口から小さく息が漏れた。 「……あんたは、本当に俺の話を聞いてませんね」 「……な、にを」 「俺は、言いましたよね。あんたに生きてほしいって……俺はあんたに、俺と生きたいって言って欲しかった」  そう言ったヴィンセントは、今度はゆっくりとカイの唇を奪った。  それはまるでカイに異論は認めないとでもいうように強引で、項に絡まった指先が戸惑いに震えた身体を引き寄せる。  ちゅ、ちゅ、と音を響かせ、離れては触れ、時にはカイをその瞳で射抜き、カイが堪えるように腕に縋っても許してもらなかった。  そうしてそっと腰に回された腕に抱き寄せられると、視界がゆらゆらと揺れている。 「っおまえ……」 「あんたは言いたいことを我慢しすぎなんですよ。なんで俺が、カイを手放さなくちゃならないんですか」 「っそんなの!」 「まぁいいですけど。言質もとれたんで」 「うわっ?」  途端に身体が浮き上がると、気がつけばヴィンセントの顔がすぐ近くにあった。相手はカイを軽々と横抱きにし、数歩進んでそっと寝台の上へ降ろす。  二人分の重みで弱く音を立てたそこに、四つん這いになって際まで追いやってきた。  見慣れない瞳が、真剣な眼差しでこちらを見据えている。 「シャディナ公女のことはすみません。俺は、怒ってたんです。あんたが俺を騙したこと」  静かに切り出されたあの時のことへの不満にどきりとする。  あれは、シャディナとの仲を知らなかったが故の過ちだった。カイにとってはかけがえのない記憶でも、ヴィンセントにしてみたらとんだ災難だ。  謝らなければいけない、そう口を開きかけたとき、それを柔く遮られた。 「まぁ、他にも理由はあったんですけど。あんたには言えなかったんですよ。他国に拘束されたなんて」 「は?! 拘束された?!」 「仕方なくですよ。その時、その……髪の色が抜けてしまったんです。もうぎりぎりの状態だったので、あまり自制できなくて」  その告白を聞いて、カイは言葉を失った。  心配していた通りのことがすでに起こっていたのだ。しかもそれを自分は一切知らず、のん気に過ごしていた。  ヴィンセントは動揺で揺れるカイの瞳を覗き込んで、顎に添えてきた指で唇をなぞった。 「カイ、そんな顔しないで。俺は大丈夫です。大丈夫だったでしょう?  あんたは絶対心配すると思ったから言えなかった」 「それは……」 「あの人……シャディナ公女のこともです。あの方は、お祖母様がベルナイツの出身で魔法師の力を強く受け継いでいらした。幼い頃から公女という立場ではなく、魔法師としてこの国を支えてきたんです」  そんな話は初めて聞くものだった。アルテリアの公女と言われてもカイがすぐに思いいたらなかったはずだ。  大国はもうずっと前から、そうして身分や性別、人種に関係なく、【力】がある者が国を守ってきた。  それはシャディナも例外ではなく、セレンはそのあり方にきっと遠く及ばない。 「あの時……捕まった時、俺の様子が普通じゃないことはすぐに知れました。そこで俺の尋問をしたのが公女です」 「……そんなことまで?」 「彼女の方から名乗り出られたそうですよ。俺の状態を知って、ある程度は症状を緩和してくれました。そもそも俺だって魔法師のかけた呪いが原因だったんですから、そりゃ、公女が魔法師であるなら、それも可能ですよね」  ヴィンセントはそこで言葉を切ると、また一度息を吐き出して瞳にかかった髪を掻き上げた。  カイがその、やけにさまになる様子をただ呆然と見守っていれば、小さく苦笑する。 「それから、たくさん話しをしましたよ。もちろん他の者には知られないように……そしてある時彼女は言った。カイの力をアルテリアに明け渡すなら、あなたを解放すると」 「それを、お前は信じたのか……?」 「上手すぎる話ですよね? 俺も驚きました。軍に入ったのはあんたを解放したくて力をつけるためだったし、公女に会ったのもとんだ誤算です。どこまで信じられるのかわからない……そもそも、アルテリアにカイの力が渡れば、セレンには酷い損害になる」  そう言ったヴィンセントが、下げていた視線を再び戻した。  その瞳は、確かな意志を宿してカイを貫いている。  ぎゅっと敷布を手繰り寄せた手のひらを、その上から一回り大きなものがそっと握りしめた。 「でも……迷いはなかった。エリアスが国を治める気がないのもわかっていましたし、俺にとってその提案は何よりも価値があった……あんたを自由にできる」  言い切ったヴィンセントは、もうずっと前からそう決めていたのだ。  知らない間に、自分が考えも及ばない方法で救おうとしてくれていた。  咄嗟に言葉が出ずそっと手のひらを引きかける。  強い力が、それを引き止めた。 「もう、ありませんよね。俺と生きるのを拒む理由」 「っ……」 「好きです……好きです、カイ……許してくれませんか」  言い終わる前に、ヴィンセントがカイの唇を塞いだ。首筋をやんわりと撫でられ、触れた指先が意志を持ってカイを手繰り寄せる。  髪を絡め取り、強引さと丁寧さが綯い交ぜになったキスにカイの肩は小さく震えた。  首を傾けた相手の視線が、熱を持ち妖艶さを孕んでこちらを射抜く。 「あんたが欲しかった……欲しくて、欲しくてたまらなかった」  そう囁いた声は聞いたこともないほど低く掠れて、眉間に皺を寄せた相手の切実さが伝わってきた。  額を押し付けられ、ぎゅっと目を瞑ったヴィンセントを至近距離から見つめると、途端に愛おしさが溢れ出す。  おずおずと両頬に触れ、そっと髪を掻き上げてやると、翡翠の瞳が薄く開いた。  お互いに見つめ合う時間はあまりにも甘やかで、けれど酷い緊張を強いる。  ヴィンセントはカイの指先にキスを落とし、それを何度か繰り返すと、ふたたび唇を奪った。  ちゅ、ちゅ、と小さな音を立てながら大事そうにカイを包み込む力が、カイを途端にあの時の快楽に引きづり混みそうになる。  額、瞼、頬、そして耳朶に触れたそれがまた指先に戻り、指と指の間を舐ぶった。  気がつけば、膝頭を媚びるように擦り合わせてしまう。 「……っヴィンセント」 「俺にください。あんたを全部」 「……っ」 「俺に喰われてくださいよ、カイ。お願いです」  明らかな性感を滲ませた声が、鼓膜に痺れるように響いてくる。指を舐め上げながら視線だけを捉えられて、それをやめさせる意志すら簡単に削がれた。  ヴィンセントは衣にそっと手を這わせ、まるで存在を確認するかのようにゆっくりと撫で回す。  それが不意に、微かな突起を探し当てた。 「っんぅ……」  直接触れられないそこはいつの間にか欲に震え貪欲に主張していた。ヴィンセントがやわやわと摩れば、カイの身体は途端に背をしならせる。 「もう、気持ちいいんですか?」 「っ……うるさ」 「腫れてるのがわかりますよ。脱がせる手間も惜しい」  言われながら衣ごと口に含まれればひとたまりもなかった。じゅ、ちゅ、と吸い上げられ、片手で衣をたくし上げられながら、同時に柔く頭を(もた)げ始めたそれまでも翻弄される。  カイは自身の浅ましい姿に戸惑いを隠せない。 「や、っヴィンス! そこは」 「固くなってますね。ちゃんと俺を受け入れてくれてる」 「うそだ! あっ、うそ」 「うそじゃない。嬉しい、あんたも気持ちよくなれる」  ずっとそんなふうに反応なんてしなかった屹立が、感覚で言われた通りになってしまっているのがわかる。  頭を振り口を抑えても、浅ましく聞こえてくる音が耳朶を犯した。  布地に張り付いて湿っていく己は、ヴィンセントの手の中であっという間に余裕を失っていく。くちゅ、くちゅと粘着質な響きと共に、腰ががくがくと戦慄いた。  身体中を縮こませ、ぎゅうっと目を瞑る。ヴィンセントはそれから気を逸らせるように、カイのあちこちへ口付けを降らせた。 「カイ、一度達しておきますか? それとももう、後ろが疼く?」  ヴィンセントは自分の指を見せつけるように舐め上げ、カイを酷く扇情的に見上げてくる。はしたないことを言われても、答える余裕がないとわかっているのだ。少し困ったように唇の端をあげ、いつの間にか寛げられた最奥へそれをそっと這わせた。 「っ、ぁ!」 「震えてる。怖いんですか?」 「あっ……! も、無理だ……っ言うなよ!」 「なんで。俺は嬉しいのに」  つぷ、と入り込んだ異物に、尾骶骨から頭の上に震えが湧き上がった。自分から聞くに耐えない声が漏れ、必死に唇を噛む。  酷く狭いそこを会陰を揉みこまれながら進まれると、もうどうしたらいいのかわからなかった。どこに力を入れ、どうやってその違和感をやり過ごせばいいのか、ただ、翻弄されていく。  身の裡からぐずぐずと身体の輪郭が溶けそうになり、張り詰めて震える自身を押し付けるように腰がくねった。  腫れ上がったそこを親指で圧され、中指が中を拡げるように蠢く。ヴィンセントはカイの耳元に顔を埋めながら、そっと指を増やした。ぐずん、と下半身が痺れ、カイのそこから透明な汁がぷくりと漏れる。 「ふぅ……っんん!」  一度侵入を許してしまえばそこの動きは遠慮のないものに変わり、途端に恥ずかしい音が聞こえ始めた。  ぐじゅ、ぐじゅ、と追い立てる指の動きに合わせ、微かな変化をも見逃すまいと、カイを離さない眼差しが欲を滾らせ揺らめいている。  小さく開いた口元が赤く濡れて、不意にこれがどうしてもほしいと思う。ほしかった。 「ヴィンス、ぅんっ」  身体ごと縋り付くように腕を絡め、唇を奪う。ヴィンセントはそれに一瞬怯んで、けれどすぐに荒々しく答えた。舌を差し入れられ、逃げを打つ自分のものを簡単に絡め取られる。角度を変えながら食い尽くされるような口付けに息も継げず、カイは自分から強請っておいて柔く相手を押し返した。 「ぅんん! ふ、ぅ、ん!」 「カイ、……カイ」  相手の指は勢いを増し全ての性感を拾いながらカイを追い詰める。腰がびくびくっと浮き上がると、もう限界が近かった。性急な動きに合わせて自身の中で何かがせり上がってくる。  ヴィンセントはカイのそれに気が付かないのか、途中で何かが爆ぜる感覚があった。けれど指の動きはやまず、達して酷く敏感になった身体をいつまでも解放してくれない。 「っあぁ、あ、やめ! ぁあ!」 「すごい……うねってますよ、カイ。気持ちいい?」 「やだ、やめっ……! とまって! っぁあ!」  その抽挿は、すでに苦痛にも近かった。身体のいたるところが敏感になり、後孔をぎゅううっと締め付けてしまう。途端に入口付近の膨らみに指が掠れば、カイの身体はがくがくっ、とわかりやすく痙攣した。 「〜〜〜っ……? ――――!!」  残滓さえ残らず垂れ流れるように、自身からまた白濁が溢れ出す。カイはそこに触れられてもいないうちにもう一度達していた。  ようやくヴィンセントの動きが緩やかになっても、身体の感覚は戻ってくる気配もない。足に力の入らないカイは、指が引き抜かれたことさえ気が付かなかった。 「カイ、一度うつ伏せになれますか?」  言われたことをただ鵜呑みにして、そっと押し倒してくる手にも抵抗する気力さえ残っていない。カイがのろのろとそうして、やっと臀だけを上げるような体勢になるまで、ヴィンセントは何かを堪えるように見守っていた。  そっと腰骨に触れ、滑るように最奥の淵を撫で上げられる。それにも身体が反射的に跳ねた。 「ここに、俺のものを挿れます。いいですよね? 中の凝った膨らみを擦り上げて、奥まで貫いて、ぐずぐずになるまで」  耳元で囁かれたあまりにも卑猥な言葉にカイはぎゅっと目を瞑って耐えた。  この男は、何もかもからカイを奪うつもりなのだ。カイの全てを何も喰らい尽くすまで、全身でそれを刻み込む。 「っぁあ――――!」  途端に、身体ごとずり上げられるような衝撃がカイを襲い、必死に敷布を握り締めた。ずちゅ、と相手の一番太い部分が埋め込まれ、そのあとはぐずぐずと揺すられながら奥まで侵される。途中、相手の言うように痛みさえ走るその箇所を擦られて、必死に上げていた腰が戦慄いた。 「ぅんん! っ!」 「カイ、頑張ってください。腰を上げて」 「ふ、ぅんっ、ん、ぅんん!」  ぱちゅ、ぱちゅと抽挿が始まって、余計に身動ぎもできなくなる。  今まで誰にもこんな体たらくを晒したことはなかったのに、もう指の先までが蕩けて力が入らなかった。その間にも最奥がむずむずとずっと何かを燻らせ、腰骨を掴む指先にまで疼きが起こる。  屹立が押し入り、そしてずるずると引き抜かれると身の裡が酷く畝って相手を離さないようにと締め付けてしまう。  ヴィンセントの何かを押し殺すような吐息だけがカイの耳に届いた。 「あー……くそ」  不意に相手の動きがやみ、深い抽挿のままヴィンセントの上体が背中にのしかかってきた。まるで身体の隅々まで一つになったようにそこから混じりあう体温がやけに熱い。そのままヴィンセントは、カイの身体をぎゅうっと抱き締めた。 「好きです」 「…………っぁ?」 「好きです、愛しています。カイ、好きだ、……好きです」  唐突に告げられた言葉で、抱き込まれた肩が答えるようにぴくりと揺れる。ヴィンセントの声は切実さと欲情を孕んで掠れていた。  後ろにぴったりとくっついた相手の肌がいっそう熱を帯びる。自分の激しく脈打つ鼓動をそっと撫でるように、ヴィンセントは手のひらを胸元でやわく摩った。  胸の突起を親指で擦り、押しつぶすようにされて腰が戦慄く。  ヴィンセントは熱に浮かされたように、ぽつりと「やっと俺のになった」と言った。 「……っ」  カイは、その言葉を聞いた途端何もかもを持っていかれた心地になって、ぎゅうっと後孔を締め付けてしまう。男がぐ、と喉を鳴らしたのが聞こえた。 「っ……締めすぎです」 「っあ、っ! ぁ!」  途端に、ぱちゅんぱちゅんとリズム良く腰の動きが再開されると、そこからはもう全てが自分の意思の範囲外の出来事だった。何かがぞわぞわとせり上がり我慢がきかない。カイは、喘ぐ言葉の端で必死に制しを求めたが、ヴィンセントは聞いてくれなかった。 「あぁぁ、! 〜〜〜っ……!」  びく、びく、と相手の動きの隙間で腰が戦慄き、それでも抽挿は止まなかった。身体中が性感帯になったような震えが起こるなか、揺さぶられ続けどこにも力が入らない。  不意に自身にそっと触れられ、反射的に背がしなった。 「…っぁあ! ……っ?」  垂れ流すような状態でふるふると震えている己の物は手を触れられただけで過敏に反応した。  糸を引くようになった白濁混じりの透明な液体を塗り込められながら、声も殺せずに枕にしがみつく。  遠慮のない指先がそこをぐちゅぐちゅとさらに責め立て、カイは頭を降った。 「あああっ、やだ! やめ、っ……ぁああ!」 「声、殺さないでくださいよ」 「あぁぁっ! ……ぁあ! ああ!」 「ぐちゅぐちゅいってますね。聞こえますか?」  言いながら腕を背後から引かれると、あっというまに身体が敷布から浮いた。座った相手へ容赦なく沈み混むような体勢を取らされる。  ずぐん、と身体ごと自重が後孔を貫いた。 「っ〜〜〜……!! ――――っ!」  加減も忘れたかのようにほぼ垂直に穿たれる腰の動きにただカイは揺さぶられ続ける。不安定な身体を脇の下から片手で支えられて、やっと、この姿勢が後背位だということに気がついた。  後ろから強引に状態を引かれ背がしなると、耳朶に遠慮のない強さで噛みつかれる。 「あ、? ――っぁ、あ、! ぁ、! やぁ!」 「奥まで……やっと届いた」 「っあああ! ぁあ! ――っ!」  鬼畜としか言いようがない言葉を吐かれ、それでも必死に頭を振る。抱えられた腕を懸命に手繰り寄せるると、その甲に口付けられた。ちゅ、ちゅと繰り返される愛撫がやけに優しくて鳥肌が背中を駆け上がる。  もう片方の指先は胸の突起をまさぐり、カイの全てを余すことなくヴィンセントは弄り尽くした。 「ぃぁっ? ぁあ!」 「もうイキっぱなしですね、カイ」 「やぁ! あ! 言うな!」 「好きですよ、カイ……好きだ。あなたが愛おしい」  そう言ったヴィンセントは、最後に両腕でカイの脇を掬いあげぎゅっと抱きしめた。無理やりに落とされる身体を、固く熱い屹立が何度も貫き、不意に身の裡にじわっと暖かいものが広がる。  中で力強く脈動するそれを感じて、カイはヴィンセントが達したのだと朧げにわかった。  息を詰めた声が耳朶を擽り、頬にかかる髪が視界の端で煌めいていた。  そうしてヴィンセントはその後もカイが意識を飛ばすまで行為を止めなかった。  身体中に落とされるキスに震えながら、夜明け近くまでカイはそれに答えた。

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