159 / 431

卯月さんって保育士だったんですか?

「紙芝居をはじめっぞ。口で言ったって、余計に混乱するからな」 卯月さんが画用紙の束を机の上にどんと置いた。 「顔はこんなだが、これでも昔は保育士だったんだ。絵は下手だが、そこは勘弁な」 「保育士って……卯月さんが?」 「そんなに驚くことでもあるまい。長い人生だ。何が起こるか分からない」 「オヤジは姐さんと出会って人生が360度変わったんだ」 「未知は最高の女房だ。俺にはもったいないくらい素敵なひとだ。だから未知と引き合わせてくれた橘にどうも頭が上がらなくてな」 苦笑いを浮かべるとバツが悪そうに頭を掻いた。 「昔、昔、死に場所を求めさまよう白猫と、妻子を失い深い悲しみのなか同じように死に場所を求めてさまよう熊が、磐梯熱海の山中でばったり会った。八月とはいえ夜は凍えるような寒さだ。名も知らぬ同士、一晩中身を寄せ、お互いの身の上話しをして夜を明かした。熊は妊娠していた白猫に俺がお腹の子の父親になる。結婚しようとプロポーズした。四季の両親もきみと和真と同じでスピード婚だった」 卯月さんは絵が下手だって言ってたけど、とっても上手だった。写真でしか見たことがないけどお母さんは白猫みたいに色白で小柄でとても可愛らしいひとだった。お父さんは熊みたいに厳つい大男だった。 「ここまで理解出来たか?頭がこんがらがってないか?」 「はい。大丈夫です」 「なら良かった」 卯月さんがほっとし胸を撫で下ろした。

ともだちにシェアしよう!