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第13話

「……はぁ」 そんな溜め息が自然と口から漏れた。 恵はそのまま頭を机に突っ伏して考える。 (………感情をまだ理解できてないのに、どうしてあんなに初対面の相手に苛立ちが沸いたんだ…?まるで俺が俺じゃないみたいな………。) 恵の脳内に自然と昨日の様子が思い浮かばれる。 同じクラスで、席が隣で、いつも寝てる…それしか印象がない男。 「日比谷、か…。」 「呼んだか?」 恵は真後ろで聞こえた聞き覚えのある声にぎょっとして、すかさず体を後ろに回す。 「…!?」 声にならないような驚きの顔で、真後ろで恵を見下げてたつ男、日比谷は、ニヤリと笑って、首を傾げた。 恵は声を振り絞るようにぼそりと呟く。 「…い、や…呼んでない」 「なんだ、残念…」 日比谷は明らかにがっかりとした様子で自分の席に座った。 (…は?……何が残念……?) 恵は顔を日比谷から反らすように然り気無く窓の外を見た。 (やっぱりこいつは意味がわからない。そもそも会ったばかりの俺に急に、クラスでずっと寝てたようなやつが何でこんなに絡んでくる……?しかも昨日なんて……あんなことを…) 恵が黙々とそんな風に考えていると、何処からかざわめきのような声が聞こえてくる。 男子校の筈だが、何故か多少の悲鳴みたいなものも聞こえてくる。 (…こういうのは…歓喜の時に人間があげる声…だったっけ?) 恵はふとそう考えると悲鳴のする方角へ顔を向けた。 何やら、異様に近い場所から聞こえたような気がしたからだった。 「お、やっと見つけた」 歓喜の声の中心にいたのは、茶髪で少し優男風の男だった。 (…?…………ん?……あれ、どこかで…) 茶髪の優男は恵を探していたのか、恵に気が付くとクラスに入って此方に向かってきた。 「…え?」 「やっぱりこのクラスだったんだね。良かった」 そう言って親しそうに話をしてくる茶髪を中心に、何故か回りのクラスメイトの様子がおかしいことに気づいた。 (…何だ?嬉しそうな、尊敬…か?皆そんなような顔で誰を…見て…) 恵はふと目の前の人物を見た。 茶髪の優男は恵の様子を見て、あれ?と首を傾げる。 「恵くん、もしかして俺の事覚えてない?恵君の転入初日に正門の案内をさせてもらったんだけど…」 目の前の男がそう言った瞬間回りからとてつもないざわめきが起こった。正しくは、この男が連れてきたギャラリー達のものだが。 恵はふと思い出す。 (あ、確か……) 「岳端蛍………先輩」 思わず呼び捨てにしそうになり、直ぐ様恵は『先輩』をつけた。 「そうそう!……ここで話すのも何だしもっと静かな所で話そう」 そう言って男__岳端は自分に着いてくるギャラリー達を一瞥するとにこやかな笑顔でこう言い放った。 「君達は早く自分達の教室に戻ってなよ。邪魔だから」 げ…、と恵は思った。 (直球だな、この先輩…) 毒づきながらも後ろにいるギャラリー達を除けてくれるのは助かった。 あまり人に囲まれるような状態は好きではなかった。 ギャラリー達はそんな言葉を聞いて笑顔にやられたのか、その言葉に傷付いたのか、全員直ぐ様退出していった。 恵は無意識に胸を撫で下ろす。 静かになった教室には、先程から無言で様子を見ている降矢に、日比谷、他まだろくに話せていないクラスメイトがちらほらといた。 すると降矢がつかつかと此方に向かって歩いてくる。 「さて、邪魔物達は居なくなったね、じゃあ行……………何?」 恵に声を掛けかけた岳端は、突如声を低くして目の前で立ち塞がるように立つ人物を睨んだ。 「失礼ですが生徒会長。そちらの畑瀬君は、このクラスの委員長である私が1ヶ月付き添いをするよう任じられています。私共々本人の許可なく上級生との交流を図るのは宜しくないかと。先生方には許可をお取りになられていますか?」 そう言って敵意剥き出しにして語るのは、先程まで沈黙を貫いていた降矢だった。 恵は呆然としながらも目の前の様子がおかしい友人をただ見つめるだけだった。 (……って言うか今生徒会長って……) 岳端は目の前にたつ降矢を睨んで口を開いた。 「1ヶ月内に上級生に交流を図ることは禁止されてない。しかも各クラスの委員長の権限は義務ではなく、あくまでもお願い事にすぎず、先生方の方にも確認は取ってる。それとも君は恵くんの交流を妨げる権利でもあるの?」 降矢は、はっと鼻で息をはいて笑って見せると負けじと口を開く。 「第15条規則生徒達の交流について。新入生は1ヶ月内で上級生との交流を図るのは原則禁止とする。また、原則禁止の理由を挙げれば同学年の生徒達との交流を図り、イベントや行事での団結力を高め、より上を目指せる為である。この規則は各年代の生徒会長が全校集会で正式な改変を求め、学院の生徒の半数に賛同されなければ不適用とされない。そちらこそ、どんな権利があって学院の規則を破られるのですか?生徒会長。それとも会長だから許されるとでも?」 ちっ、とそんな舌打ちが聞こえたような気がした。 恵が岳端を見ると僅かに眉がピクピクと動いている。 (……何だ、このレベルが高いような高くないような口論は…) 岳端は口を開く。 「その規則に編入生は含まれてない。しかも君達一年生は入学してから当に二ヶ月は過ぎているはずだよね。ならその規則は適用されない。学院の規則を方便のごとく覚えているのは素晴らしいけど、内容を把握できていないにも関わらず、使用するのは愚鈍だよ、委員長君。それとも何かな?俺個人に不満があるのかな」 降矢は笑った。 「そんなもの屁理屈でしかありません。編入生は年齢的にも私達と同じなのは当たり前。ですがこの学院での生活は編入してから始まりますから、適用のど真ん中ですよ。ただでさえ釘一本抜けたその頭で考えることをやめないのに、屁理屈を口論に持ち込んでくるなんて、ついには釘一本どころか鉄骨まるごと抜けちゃいましたか、生徒会長」 にこにこと、しかし確実に笑っていない目で降矢は岳端を見た。 「いい度胸だね、降矢一年生。日頃から方便と屁理屈の塊のような君がそれを口にして誰が賛同するのかな?愚鈍君。君は、短期だからいつも困らされてるのはこの俺なんだけど、そこのところ全くもって分かってないよね。譲ることも覚えた方がいいよ、降矢」 恵は密かにその言葉を聞き取った。 (…いつも困らされてる?…この二人、面識が……?) 「鉄骨抜けた人に言われても説得力ありませんけどね。直ぐそこのデパートで蛍先輩専用の釘でも売ってるんじゃありませんか?良ければ買いにいって差し上げましょうか?」 岳端は口角をあげながら、携帯を取り出して、なにかを見たあと直ぐ様口を開く。 「確認したけど、んなもの売ってないけどね」 すると降矢が馬鹿にするように鼻で笑う。 「ほんの冗談にも冗談として付き合えない生徒会長、流石ですね」 「はぁ?君がそんなことを!…………」 「何ですか!……………」 恵はいつまでも続きそうな目の前で続く口論にはぁ、とため息をつくと目の前で 喧嘩をし続ける友人と先輩の頭を掴んで自分の方に回転させる。 「……いい加減やめてもらえますか?お二人とも。仮にもここ教室内なんですよ」 とりあえず喧嘩は終わったのだった。 原因は恵本人だということを、恵は理解できていないのだが。

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