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第26話
雅樹の元へ来た黒兎は、それから驚くほど落ち着いていった。
元々錯乱状態だった黒兎を、暴れる度に眠らせて、その上で拘束していたらしいので、それを仕方がないと黙認していた両親──さすがに連絡がいっていた──に、異を唱 えたのが雅樹だった。
黒兎のことを、まるでよその子のような、腫れ物に触るような態度に不信感を募らせた雅樹は、強引に黒兎の両親に合意を取り、黒兎を連れて帰ったらしい。
雅樹は黒兎を自宅に連れ帰ったあと、どうしていたかを話してくれた。
千穐楽公演のあと、黒兎が瑠璃と一緒に来ないことを心配し、あちこち探し回ったそうだ。けれど見つからず、そんな彼に光洋が正直に「芋に釘を刺した」と言ったので、喧嘩になったのだとか。
「おかげで初めて、光洋と冷戦状態になってるよ」
雅樹は苦笑する。自分のせいで、と表情を曇らせた黒兎に、そんなつもりじゃないよ、と黒兎の手を握る。
「……っ」
雅樹は今まで優しく接してはいても、こういう触れ方は今までしなかった。それに驚いていると、嫌かい? と問われる。
雅樹の家、客間で。開いた窓から風が入ってきた。少し湿った空気は、黒兎を不快にさせる。
「大きな決断は、今はしない方がいいとは分かっている。きみに、好きな人がいることも知っている。けど……」
光洋と喧嘩して初めて、自分の気持ちに気が付いた。私はきみが好きで、きみの支えになりたい。
雅樹は静かにそう言った。
『一生後悔しろ』
すると直後に内田の声が聞こえて、黒兎は彼の姿を探すように辺りを見回す。電車にぶつかった瞬間の内田が目の前に見えて、思わず頭を抱えた。
「……っ、だ……嫌だ……!」
ガチガチと歯が鳴る。身体が震え、目の前の光景から逃げようと、目をつむる。するとふわりと抱きしめられた。
「ああすまない……今の話は無かったことにしよう」
パニックを起こしかけた黒兎に、雅樹は優しく話しかける。黒兎は憧れていた腕に包まれながら、唇を噛んだ。
本当は、黒兎の方がずっとそれを言いたかった。なのに、今は考えることすら難しくて、思い通りにならない身体を宥めることで精一杯だ。
あれだけ伝えたいと思っていた言葉。切望していた両想いになっているのに、身体が拒否して肝心な言葉が伝えられない。黒兎は悔しくて泣いた。
「大丈夫。苦しいね……」
ここにいれば大丈夫。心の傷も、生活も、私が全部支えよう、と腕に力が込められる。
すがりつきたい、けれどできない。
この苦しい恋に、終わりはあるのだろうか?
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